【対談】デザインをビジネスリテラシーとして浸透させる
Takram田川欣哉×特許庁 宗像直子

©井上佐由紀/Sayuki Inoue

デザイン・イノベーションファームTakramの田川欣哉がナビゲーターとなり、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブの3領域をつなぐトップランナーを迎える連載「BTCトークジャム」。今回のゲストは、特許庁長官の宗像直子さんです。




デザインという言葉は難しい

田川 僕は政府の会議体にいくつか参加させていただいていますが、そのうちのひとつ「産業競争力とデザインを考える研究会」(経済産業省・特許庁)で今年5月に発表した「デザイン経営宣言」は、一般からの反響がとても大きかったと感じています。改めて「なぜ今、デザインをテーマにしたのか」という点から伺えますか。

宗像 もともとは特許庁として意匠法の改正を議論いただくのが主眼で、デザインや知財の識者、経営の第一線の方々にお集まりいただきました。ただ、意匠法について議論するだけではもったいないということで、デザインと産業競争力を考えるという広がりになりました。私が特許庁の長官に着任したのは、ちょうど第1回研究会が開催される日でした。
 意匠のほうは論点が明確で、制度論もどんどん具体化していったんですが、デザインのほうは広告媒体や製品の美しさに重きを置く古典的なデザインの考え方と、これからあらゆるものがインターネットにつながっていくなかで「デザイン思考」を中心としようとする考え方と、ふたつの大きな流れがあり、両者の議論がなかなか噛み合いませんでした。

▲「産業競争力とデザインを考える研究会」(経済産業省・特許庁)の模様。

田川 相当、熱い議論が交わされました。

宗像 白熱しましたね。デザインって、やはり言語化が難しいようです。デザイン思考だけではなく、クラシカルデザインでも、形にして見せなくてはわからない、言葉にならないものがたくさんあるわけです。背景にある抽象的なものをイメージできる人たちは「そうそう」ってわかるんですけども、その文脈を共有していない人にとってはとても抽象的で、わかっている人にしかわからないという壁を感じるところがありました。そもそも言葉だけで表現しようとしていないから、言葉を中心に提言をまとめようとすると、逆にとても抽象的になると最初に思いました。
 そんななかでも「デザインは重要だ」という認識はメンバー間で共通していました。デザインの重要性が日本の産業界では広く認識されていないという現状への苛立ちや危機感も同じだったんです。「それならば、どうしたらデザインを活かせますか?」と端的に質問させていただいたところから「デザインは、突き詰めていけば経営だ」という提言に収斂されていきました。

▲日本企業の競争力を高める提言として、15年ぶりのデザイン政策提言となる「デザイン経営宣言」を2018年5月に発表。デザイナー、デザイン担当役員、知的財産担当役員、経営コンサルタント、学者からなる「産業競争力とデザインを考える研究会」で議論した成果をまとめた。経済産業省のホームページで8章からなる全文PDFがダウンロード可能。

田川 それにしても、どうして特許庁がデザイン思考やデザイン経営に踏み込むのかという素直な疑問を持たれた方は多いでしょう。

宗像 顧客本位の経営をするという意味では、特許庁も「出願人」という顧客、つまり権利化された後もお付き合いが続く「お客様」がいるわけです。ユーザー本位という言葉には、そもそも馴染みがありました。

田川 特許庁の中でも、実際にデザイン思考のワークショップをおやりになったりとか。

宗像 まずは若手の職員に7日間の研修を受けてもらいました。終わって報告を聞くと、彼らがとても生き生きとしていて。徹底してユーザーの立場になってみてから、そのために何をしたらいいのか考える。それは自分で考えたことだから、余計なことは考えずに、自信を持って話せる。デザイン思考はひとりひとりをエンパワーするんだと思いました。
 特許庁は面白い組織で、発明でも何でも「これを私は新しいと思っているんです」というアイデアを皆さんが出願しに来る場所です。それを日々審査しているので、新しいことをオープンに受け止める気風があるのです。そういう組織ですから、デザイン思考も徐々に若手から上の職員に浸透していき、最後は私自身も研修を受けるように言われました(笑)。

田川 ご自身でも、デザインについてかなり熱心に勉強されていました。

宗像 最初は「デザイナーがどういうスキルによってイノベーションに貢献できるのか」という点を結構しつこく田川さんにお伺いしました(笑)。取り組むうちに、本人も気がつかない潜在ニーズを掘り起こす仕組みとか、認識バイアスを取り除くためのエスノグラフィー調査とか、いろんな手法が用意されていることを知りました。観察されたニーズに対する解決策を今度は形で表現することで「これが本当に自分たちがやりたかったことなのか?」という企業の価値や意思と照らし合わせる作業、つまり「観察」と「表現」のふたつが肝だと理解しました。

▲宗像直子(むなかた・なおこ)/東京都生まれ。経済産業省特許庁長官。東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。ハーバード・ビジネス・スクール MBA。日本初の自由貿易協定の交渉立ち上げや環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉への日本の参加を含め、通商政策に幅広く携わる。これまで経済協力、情報技術、繊維産業の活性化、中小企業などの政策に深く関わってきた。2015年7月から内閣総理大臣秘書官、17年7月より現職。©井上佐由紀/Sayuki Inoue

しなやかさをどう発揮するか

田川 その結果として、特許庁が日本の省庁として初めて、CDO(デザイン統括責任者)という役職を置かれたのは有言実行というか、「隗より始めよ」の精神を体現していると思いました。
 民間を見渡すと、国内でも上場企業の自動車メーカーでは役員レベルにデザインの責任者が結構いるんです。研究会に参加していたマツダの前田育男常務もそうでした。それに対して、電機メーカーでは大手でも執行役のクラスではあまり見かけない印象です。

▲2018年8月に日本の省庁で初のCDO(デザイン統括責任者)には、嶋野邦彦特許技監が就任し、氏のもとに「デザイン経営プロジェクトチーム」を設置。知財への認識強化、デザイン経営の普及を目指す。

宗像 私は10年以上前に経済産業省の繊維課というところにいて、全国のさまざまな生地の生産者を回らせていただいたことがあります。そこで、生地をつくっている機屋さんとデザイナーさんが出会うと、機屋さんは「いいものをつくれば売れる」という職人気質なのに対して、デザイナーさんは「いえいえ、同じ布でもこうやって見せたほうがもっと良さが伝わります」と働きかける。両者が意気投合できると生地の見せ方が変わり、そのうちつくる生地も変わり、色使いも変わり、さらにはデザイナーが欲しいような生地を開発したり、その生地で服を生み出したりという具合にどんどんとコラボレーション、共創が深まったという面白い事例がありました。でも、それとは反対にデザイナーとの会話がうまく成立しない事例もありました。
 そのとき思ったのが、小さな機屋さんほど自らあらゆる機能を果たさなければいけないので、ひじょうにクリエイティブで、ある種のしなやかさ、軽やかさというものを持ち合わせていらっしゃる方が多いなということです。大きな組織になると、どうしても専門的に機能分化して、それぞれの仕事を突き詰めていくので、後からデザイン経営のような発想を注入するのが難しいところがあります。「顧客本位なんて当たり前。デザインという言葉をわざわざ使う必要はない。」という議論もありますが、気をつけていないと顧客が本当に必要としているものを見失ってしまうことも事実です。デザイン思考は当たり前のことを徹底するための考え方なので、理解されにくい。その壁をどうやって乗り越えるのかというのは大きな課題だと感じています。

田川 この連載の軸となっている、B(ビジネス)とT (テクノロジー)に対して、C(クリエイティブ)をどのように浸透させていくのかということだと思います。それは教育の現場かもしれませんし、企業経営の現場で求められることかもしれません。

▲「SHIN-KA 日本のファッションと素材の真髄を伝える」(2007年)および「SHIN-KA 日本の布づくりの創造性を伝える」(08年)は、ファッションデザイナーの服づくりを支える精密な生地製造の現場の魅力を、一流写真家の撮影協力を得て視覚的に表現した書籍。宗像長官は当時の経産省繊維課長として本冊子製作の実現に尽力。

ビジネスリテラシーとして浸透させたい

田川 特許庁や経済産業省、あるいは政府としてこれからデザイン経営を日本の産業界に推進していこうというとき、「こういうことが実現できるといいな」というゴールのイメージあれば、お聞かせください。

宗像 ある時期まで日本で圧倒的な強さを持っていた産業が、最近はなかなかうまくいっていないという危機感が多くの企業にあります。振り返ると、戦後に成功体験を味わえた期間がちょっと長かったように思います。もちろん日本が先進国市場に入っていくときの苦労というのは並大抵のものではなかったと思いますが、いろんな良い条件が整っていて、日本の後に追いかけてくる新興国がしばらくの間いなかったという背景もあったでしょう。いったん軌道に乗り始めた産業は、どんどん市場が拡大していくという「いい時代」が確かにありました。
 競争環境が様変わりした現在、デザイン経営の考え方がビジネスリテラシーとして常識化されることが大事だと考えています。個々人の中に「今の仕事で本当にいいのか?」ということを常に問い返す視点がある状態です。日本の組織がもう少ししなやかさを取り戻すと、いろいろな新陳代謝も起こしやすくなると思うんです。原点に立ち返った自由な議論を促すデザイン経営の視点を持つことは、組織が進化し続ける秘訣なのではないでしょうか。

▲特許庁で開催されたデザイン思考ワークショップの模様

田川 すべてのビジネスパーソンが備える基礎的な素養として、デザイン経営の視点を身につけてもらう状況を目指すのは、その影響範囲からするといちばん大きな目標ですね。

宗像 ええ。これからはそういう発想ができなかったり、そういうことを許容しない経営者は「カッコ悪い」という状況をうまくつくれると一気に変わるかもしれません(笑)。

田川 そうですね。カッコ悪いし、パフォーマンスも低くなるという共通認識を醸成できるのが理想だと思います。

宗像 デザイン思考やデザイン経営の考え方を使うことで、会社の存在意義自体が生まれ変わる。おそらくいろんな分野で、いろんなレベルで適用できるツールだと考えています。End


▲田川欣哉(たがわ・きんや)/1976年生まれ。Takram代表。東京大学機械情報工学科卒業。ハードウェア、ソフトウェアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授・名誉フェロー。©井上佐由紀/Sayuki Inoue

ーーすべての物事がネットに接続される時代において、企業と顧客の関係性はより洗練されたものに変容しつつあり、デジタルとデザインの重要性に感度の高い経営者たちはそのことに気づいています。今回、政府のなかでも熱量の高い議論が交わされ、その成果が宣言として発表されました。デザインを担う側にも、覚醒した経営者やリーダーたちと、互角に渡り合う実力が求められるようになるでしょう。(田川)




本記事はデザイン誌「AXIS」196号「夜と朝」(2018年12月号)からの転載です。