触って、感じて、環境問題を考える。
オランダで最も熱いアーティスト、ダーン・ローズガールデの個展
「PRESENCE(存在)」

ダーン・ローズガールデは、現在、オランダで最も勢いのあるアーティストであり、イノベーターだ。自らは建築を勉強し、レム・コールハースやヴィニー・マースの下で働いた経験があるが、独立以来、ローズガールデのつくるものは純粋な建築とは言い難い。クルマの走行によって道路で発電、充電できる「スマート・ハイウェイ」(2014年)で世界的に注目され、大気汚染を吸い込む彫刻のような「スモッグ・フリー・プロジェクト」(2013年〜)は欧州だけでなく、中国の北京や大連にも巡回した。

▲SMOG FREE PROJECT

筆者は、昨年、一昨年と、ロッテルダムにあるローズガールデのオフィスを訪ね、デザイン誌「AXIS」に2回、他誌に1回彼について執筆したが、会うたびにローズガールデの環境への関心は高まっている。

昨年は、オランダの水上都市アルメールでスペースデブリ(宇宙ゴミ)の問題を取り組むべく、「SPACE WASTE」(2018年)と題した野外展示とカンフェレンスを開いた。その際、彼は「世界各地のミュージアムから再三、作品展を開いてくれと言われるが、すべて断っている。過去の作品の模型や図面を披露するなんて、全く興味がない!僕は死んでもいないのに回顧展なんてナンセンスだよ」と語っていた。


▲SPACE WASTE

完全参加型の、説明のない展覧会

そんなローズガールデが、オランダの地方都市フローニンゲンのフローニンゲン美術館で、初の個展を行うという連絡を受け取り、いったい、どういう心境の変化なのかと二つ返事で訪れた。

PRESENCE(存在)」展の会場は、前回レポートで記した「スタルク・パビリオン」とは反対側のウィングにある。ワンフロアすべてを使った大規模なもので、まず気づくのはエントランスのタイトル「PRESENCE」以外、文字がないこと。計7部屋を使い、部屋ごとに5作品が展示されているが、作品名も解説も、彼のプロフィールさえ掲示されていない。

「説明を読むという行為は、今回の展覧会では全く意味をなさないよ。PRESENCEは、観客が存在してのみ成立する、完全参加型なのだから。作品によっては、何のオブジェもない部屋がある。まさにスーパー・ミニマリズムを追求した結果さ」とローズガールデは微笑んだ。

テーマは「燐光」。空間やオブジェに映る残像

肝心の展示だが、「燐光」をテーマに5つの応用を部屋ごとに示している。燐光とは、物資に光を当てた後、それをやめても、しばらくは発光する現象を指す。フォトルミネッセンス塗料を塗布した場所に光を当てると、そこにいる観客の影が空間やオブジェに残るというものだ。

ある部屋では、コピー機のスキャンのような動きの光が、白い台の上を移動する。台の上に置いた足や手の影が、日光写真のように白い台の上に残る。また、全く何もない部屋では、照明が点いたり消えたりする。壁の前でポーズをとったり、床に寝転んだりすると、そのシルエットが残像として浮かび上がるといった具合だ。

大小のオブジェが置かれた部屋は、フリースタイルのプラネタリウムのようだ。オブジェは固定されておらず、観客が空間の中を自由に移動させたり、スクィーズしたりして戯れる。しだいに自分とオブジェの関係がわからなくなり、まるで自らが宇宙のスターダストのような存在であるような錯覚に陥ってくる。

展示のなかのハイライトが2部屋ある。ひとつは、フォトルミネッセンスでコーティングされた生分解性ポリマーが砂場のように敷き詰められた部屋で、四隅から風を起こすことにより、発光した粒が渦を巻き、まるで観客は、航空映像で見る地球の気流の動きのなかに立っているような錯覚を感じる。

また、最後の展示室では、観客が透明の球体を蹴ると、なかの照明デバイスが反転し、クラゲが動くようにユラユラと床に波状の跡がつくというものだ。

考えること自体が、行動だと伝えたい

参加型の展示を楽しむ観客は、ふと、われわれの存在そのものが、この影のようにはかない存在であることに気づかされる。また、環境問題ではたびたび「カーボンフットプリント(炭素の足跡)」が言われるが、日常われわれはそれを見ることができない。会場で現れては消える自らの痕跡を通じて、私たちの存在そのものが、地球に影響を及ぼしていることを考えさせられるのだ。 

「ボディ(身体)とマインド(精神性)は、相反するものと見なされがちだが、そのハイブリッドは存在し得る。観客には、シンキング(思考)することは、アクティング(行動)であることを示したかった。だからこそ、通常の展覧会にある『Don’t touch』をやめた。僕は皆に作品を触って、感じて、考えて欲しいのだから」とローズガールデは語った。

ポストモダンでデコラティブな印象のフローニンゲン美術館が、このようなミニマルな展覧会を行っているのが面白い。まさに、人間に多様性があり、華やかに映る人の意外な一面を見ているような感じだ。

PRESENCEは欧州でひじょうに評判が高い。この展覧会は、2020年1月12日まで開催されているので、渡欧予定のある方はフローニンゲンまで足を伸ばすのも一考である。

なお、その前に、2019年7月29日(月)19:00〜、AXISギャラリー(東京・六本木)でダーン・ローズガールデのトークショーが開かれる。ご興味のある方は、ぜひ詳細をご覧ください。End