【対談】テクノロジーを起点に高まる経営者としての視座。
Takram田川欣哉×プリファードネットワークス西川 徹

デザイン・イノベーションファームTakramの田川欣哉がナビゲーターとなり、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブの3領域をつなぐトップランナーを迎える連載「BTCトークジャム」。今回のゲストは、プリファードネットワークス代表取締役社長 最高経営責任者の西川 徹さんです。

※ 掲載内容は2017年11月取材当時のものです。




トーク音源はこちら




機械学習をロボットに生かす

田川 プリファードネットワークス(以下、PFN)という西川君の会社は、何人ぐらいの規模になったんですか?

西川 2014年に創業した今の会社は2社目なんですが、もう少しで120名ぐらいです。僕らの事業の中核は機械学習なので、そうした部分に詳しい人がどんどん集まっています。最近では実世界に機械学習を応用するという目的で、ハードウェアに詳しい人の採用を強化しているところです。プロセッサーだけではなく、ロボットやアクチュエーターの専門家もたくさん集めて、それらをディープラーニングと結び付けようとしています。

田川 ソフトウェアとハードウェアを掛け合わせようとしているんですね。

西川 そうです。今流行している音声認識のデバイスも、デバイス自体が動くわけではないので、基本的にはソフトウェアがメインですよね。僕らはソフトウェアが進化していくと、ハードウェアの設計自体も変わると思っています。ソフトウェアとハードウェアの両方を知り尽くすことで、ハードウェアの新たな変化を引き起こそうと考えています。

田川 西川君が起業した当時は、ソフトウェアがメインでしたよね。

西川 最初は検索エンジンをつくりました。その後、機械学習を取り込んでレコメンデーションエンジンをつくるようになりました。でも僕らが使っていた自然言語やウェブのデータというものは、すでにグーグルやアマゾンが手がけていた領域なので、勝ち目がないなと悶々としていたんです。そのとき盛り上がってきたのがディープラーニングとIoT、要は機械が賢くなる流れでした。このふたつをくっ付けた先に何かあるんじゃないかと思ったんです。

▲現在PFNはトヨタ、ファナックに加え、日立、博報堂DYHD、三井物産とも協業を進めている。©井上佐由紀/Sayuki Inoue

田川 それで徐々にハードウェアのほうに移ったと。

西川 例えば、デバイスに近いエッジのところにカメラを置き、そこで人間の動線を解析してレコメンデーションするようなサービスを売り込んでいたのですが、時代より早過ぎたようであまり見向きもされず「本当にこのままでいいのか」と悩んだ時期がありました。1年ほど経ったときにファナックの稲葉善治会長にお会いして、エッジヘビーコンピューティングや機械学習について熱い会話ができたんです。後日「工場に遊びに来ないか」と連絡をいただいて見学に行ったんですよ。

田川 産業用ロボットがバーッと並んでいる工場ですね。

西川 そこではロボット自身が部品からロボットをつくっていて、完成品をさらにロボットが運んでいました。もうほとんど人がいないんですね。機械だけで実に正確な加工をやっていて、しかも早く動く。その世界に衝撃を受けました。考えてみればロボットは電源を入れていれば永遠にデータを取り続けるから、今からでもフェイスブックやグーグルに勝てるかもしれない。ここにフォーカスしないともったいないと思って、新たにロボットの分野に出て行くことにしたんです。

田川 ロボットに注力するようになった流れはわかったのですが、一方でPFNのもうひとつの柱に自動運転があるじゃないですか。自動運転に対するアプローチを教えてもらっていいですか。

西川 自動運転も制御においては重要なので、続けたいと考えています。基本的にはディープラーニングをベースに自動運転の精度を上げていきます。これまでの自動運転のやり方は、あらかじめ想定していた状況に対してプログラムを用意するものです。それだと未知の状況には対応できないんですね。例えば、いきなり大きな風船がバンって目の前で爆発したり、道路上では人間でもビックリしてしまうことがしょっちゅう起きている。そうした未知の状況に全部対応させようと思うと、ルールベースでは不可能です。より多様な環境に対して、安心して安全に動けるような自動運転を実現するためにディープラーニングを活用していこうと思っています。

田川 今後、開発はずっと続いていく感じですよね。成果が出てくるまでには少し時間がかかるかもしれません。

西川 でも、どんどん精度が上がってきています。クルマもロボットの一種ではあるので、技術のシナジーを早いうちから生み出していけると考えています。

▲CES 2016トヨタ自動車ブースでのPFNによる、ぶつからない自動運転ミニカーのデモンストレーション。

社内の橋渡し役として動く

田川 日本で「メカトロニクス」という言葉を発明したのはソニーの井深 大さんだと言われていて、メカとエレクトロニクスの融合は日本の真骨頂と呼べるものです。西川君が今やろうとしていることは、さらにそこへソフトウェアをくっ付けることですよね。これは今のエレクトロニクスの設計やシステム全体を根本から変えていくと思う。

西川 今後は制御理論も変わっていくと思うんです。今のロボットは固く、ガチガチに制御が組まれています。制御の難しいハードウェアは誰も設計したがらないから、形状に制約があるわけです。もし、ハードウェアが学習して勝手に制御を獲得できるのなら、グニャグニャしていたり、ビョンビョン動いたり、もっと複雑なデバイスを設計してもいいはずです。

田川 関節がめちゃくちゃ多いとか。

西川 それから「柔らかい」というのも今の機械にとっては最悪じゃないですか。だからロボットもガチガチに固くなっている。でも、人間って柔らかいから柔軟に形を変えたり、スピードを持って動けたり、ぶつかっても壊れないといった性質を持っています。それは、脳がひじょうに高度な制御をやっているからです。この脳の高度な制御と柔軟なアクチュエーターを組み合わせることができれば、ハードウェアの世界はさらに広がるんじゃないか。もっと軽い力で重いものを持てたり、ぶつかっても安全だったり、人の近くにいても違和感がないようなロボットができてくると思います。

田川 それは機構設計としては、まだ確立されていないわけでしょう?

西川 ないですね。ソフトウェアの人が制御工学を勉強している段階です。センサーやアクチュエーターも自分たちでつくらなくてはいけないので、ハードウェアを研究する部隊が社内にできています。今度、そこに油圧計の人も入る予定です。


▲PFNで開発中の、人の言葉を理解するピッキングロボット。©井上佐由紀/Sayuki Inoue

田川 ソフトウェアの人もハードウェアの人も互いに影響され、ハードウェアの人たちも同じように影響されて、みんなが両方の言語を喋れるようになるということでしょうか。

西川 最初はどちらかが強いんですね。同じチームで一緒に働くうちに互いの知識を吸収して、どちらにも詳しくなる。同じ場所でずっと議論しているとディープラーニングのこともわかるようになってくるし、「次はこのタスクを実現しよう」と思って必死にロボットに触っていると、ロボットのここが使いにくい、使いやすい、こういう裏技がある、といったところを覚えていきますね。

田川 よくイノベーションの理論では、イノベーションが起こるところは「辺境」と「異種交配」のふたつしかないと言われます。PFNは2番目の「異種交配によって新しい物事が生まれる」というパターンですね。

西川 そこはかなり意識していて、オフィスの設計でも「人が会いやすいようにする」といったところにこだわっています。

田川 社内で西川君がやっているのは、具体的にどういうことですか?

西川 イノベーションを起こすためにいろんな人が交流する、お互いを理解しあい、多様性を尊重して成長していくのが僕らの文化の根底にあるし、そこが強みなので、そのための活動に僕は大部分の時間を割きます。いろんなチームのメンバーが交流したり、新しいアイデアをぶつけ合ったりするための橋渡し役ですね。あとは直近の目標に縛られてしまうといけないので、その先をどう見ていくか、会社の考えを引き延ばす役をメインでやっています。コミュニケーションツールはSlackで、常時200チャンネルぐらい開けていつでも誰とでも連絡できるようにしています。細かい部分はわからないので年に2回は全員と面談するし、要所でメンバーとテーマについて話し合っています。

▲西川 徹(にしかわ・とおる)/1982年生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻修了。IPA未踏ソフトウェア創造事業「抽象度の高いハードウェア記述言語」、第30回ACM国際大学対抗プログラミングコンテスト世界大会19位。2006年、大学院在学中にプリファード・インフラストラクチャーを設立。14年、IoTにフォーカスしたリアルタイム機械学習技術のビジネス活用を目的としたプリファードネットワークスを設立、現職。©井上佐由紀/Sayuki Inoue

創作を支援する人工知能

田川 ここでBTCの話を聞きたいのですが、学生のときの西川君は完全にT(テクノロジー)型だったじゃないですか。そこから徐々にB(ビジネス)の世界に行ったのは、どういう流れだったのでしょうか。

西川 僕はコンピュータを始めたのが小学校高学年です。中学や高校のときはパーソナルコンピュータがどんどん普及していく時代だったので、OSが爆発的に広がっていくのを見て羨ましかった。プログラムを書くのが好きだったので「世界をプログラムで変えられるのはすごい!」と子ども心に思ったんですね。だから、技術を届けるビジネスにはかなり昔から興味があったんです。

田川 PFNがビジネス的に成長ペースに入った今、事業会社で経験を積んだ人材がミドルからシニアクラスで入ってきていますよね。

西川 ビジネス面の知見はそういった人たちから教えてもらう部分が大きいです。CFOが入って来て、彼からビジネスのことを学び、それを活用していくことによって、テクノロジーでできることが増えていきました。安定したキャッシュフローや強固な財務基盤を築くことでGPUなどをたくさん買え、新しいチャレンジができるようになります。今のディープラーニングの世界だと、もはや少ないGPUではあまり大きなことができなくなっています。しっかりビジネスを成長させて、より強大な計算資源を手に入れることで新たな研究開発をしていく。こうしたサイクルを回すのが面白いです。

▲人工知能によるイラスト自動着色サービス「PaintsChainer(ペインツチェイナー)」。仕上がりが異なる3種類の着色モデルから選択できる。©井上佐由紀/Sayuki Inoue, Courtesy of Oyasumie

田川 デザイナーは社内にいますか?

西川 探しているところですね。産業用ロボットのデザインは機能美があってカッコいいと思いますが、今後ロボットが家庭に入っていったときにどういうデザインが受け入れられるのか。単体のロボットだけではなく、おそらく家全体がロボットになっていくと思うんです。そのとき、どういうデバイスにどういう機能が割り振られ、どんなインタラクションをとったら自然なのか。人の問題をちゃんと考えていかないといけないので、HCI(human-computer interaction)の専門家も入ってきています。

田川 旧来のBT型では、あまりクリエイティブやデザインを自分のテーマだと思わない人が多いのですが、インターネット以降の世代はクリエイティブのことを理解している人が多いです。

西川 創作活動そのものに人工知能を使えるんじゃないかということにも取り組んでいて、「PaintsChainer(ペインツチェイナー)」というサービスを出しています。これは人が描いた線画に機械が色を塗ってくれるものです。完全に自動で塗ってくれますが、コントロールもできるんですね。すると、新しい筆を手に入れたかのようにいろいろな表現ができるようになる。僕も夢中になって一晩中遊んでしまいましたが、こうした新しい創作の楽しみが提供できるんじゃないかなと。

田川 人工知能が人のクリエイションを補強する、支援してあげる方向でいろいろ役立っていくんですね。

西川 今はウェブサービスとしてやっていますが、もしかしたらこうした活動をロボットと共同でやれるようになるかもしれない。そうすれば、人間とロボットでインタラクションしながらいいものをつくっていける。人間のインスピレーションを掻き立てるようなところにも人工知能をうまく使っていけないかと考えています。End


▲田川欣哉(たがわ・きんや)/1976年生まれ。Takram代表。東京大学機械情報工学科卒業。ハードウェア、ソフトウェアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー。©井上佐由紀/Sayuki Inoue

ーー日本のスタートアップのなかでも最大規模で、大企業を巻き込みながらの爆速成長を実現しているのがPFNです。来るべきAIの時代を、グーグルやアマゾンなどの欧米企業とは一味違った独自の視点から構築しようとしている西川君の目は輝いています。西川君のような新世代のリーダーがデザインの重要性を自然に理解しているのも心強い。ぜひ、ポッドキャストのほうもお楽しみください。(田川)




本記事はデザイン誌「AXIS」192号「これからの認証&セキュリティ。」(2018年4月号)からの転載です。

トーク音源はこちら