スズキユウリが手がけた、
銀座・和光のクリスマス・ウィンドウディスプレイ

ミスター ムーンマンが登場する4つの物語

歴史を誇り、常に注目を集める銀座・和光本館1階のウィンドウディスプレイ。12月25日まで展開されている今年のクリスマスシーズンは、世界的なデザイン事務所ペンタグラムのパートナーとして活躍するスズキユウリがデザインを手がけていることでも話題となっている。

和光のアートディレクターである武蔵 淳とタッグを組んだ今回のディスプレイデザインは、本館中央のウィンドウを中心に、セイコードリームスクエアや隣接する建物のグランドセイコーブティック銀座など複数にまたがって展開されているのも特徴だ。

▲本館建物の並びに位置するセイコードリームスクエアのウィンドウディスプレイ。アートディレクションを和光の武蔵 淳が、デザインをスズキユウリが手がけた。こちらは「ミスター ムーンマンと星が、和光の時計塔の文字盤のために、新しい数字を製造している」様子を表現。

和光のウィンドウは毎年テーマが設けられ、今年は「Beauty」。加えて、クリスマスシーズンにふさわしい内容が検討され、「銀座を訪れるすべての人々をもてなす」ことをテーマに、「『訪』- Visit Playful Ginza」というタイトルが与えられた。

▲宇宙から訪れた「ミスター ムーンマン」。

本館中央のウィンドウをはじめ全体にわたって登場するのが、「ミスター ムーンマン」と名づけられたキャラクターだ。さらに、躍動感に溢れた星や動物のイラストが切り絵風の街の風景とともに描かれ、絵本のページをめくりながら物語の展開に心をときめかせた子どもの頃を思い起こさせる幻想的な表現となっている。

ストーリーはウィンドウごとに異なり、本館中央では「人々と星は買い物に。動物たちが音楽を演奏するなか、ミスター ムーンマンが和光の時計塔に新しくつくられた数字を運んでくる」といった内容が展開される。スズキは今回のプロジェクトの構想にあたり、「普遍的な美を表現する要素としての宇宙や星の要素を考え、銀座の街、和光の時計台やチャイムに関連する物語性を大切にした」と語る。

最新テクノロジーとは一線を画す、アナログなアニメーションの魅力

「和光や時計塔などのイメージから、ショーウィンドウは、『時間』のインスピレーションでもあります。コマ送りのアニメーションはぴったりの表現だと考えました」。最新の技術を用いればディスプレイに動きを与えることは決して難しくはない。それをあえて、アニメーションの原型とも言えるアナログ的な手法によって表現している点こそスズキの真骨頂だろう。

実際、イラストが動いているように見える円形のモアレディスク、「回転のぞき絵」と呼ばれるゾートロープ、回転軸を鏡で囲い鏡に反射する残像で絵が動いているように見えるプラキシノスコープなど、アナログな視覚装置や手法が結集されている。

▲本館西側のウィンドウに設置されたゾートロープ。回転するスリットの内側に「ミスター ムーンマン」の生き生きとした動きを目にできる。「買い物をするために地球へ飛んでいく準備をしている星たちの姿」が描写されている。

「プロジェクションマッピングやモニターを使ったディスプレイ表現を多く目にする時代ですが、見る人の目は肥えています。プロジェクションの精度が少し劣るだけでも古く感じられてしまうだけに、逆にアナログ的な表現が新鮮に感じられるのではないでしょうか。例えばカメラの原型と言われるカメラオブスキュラは、現在のプロジェクターとは違ってピクセルがありませんが、解像度の高さには驚かされます。こうしたアナログの技術や装置がもたらす感動は普遍的であり、今後も存在しつづけると思います」。

▲プラキシノスコープが活かされた本館東側のウィンドウ。回転を続ける鏡に像が反射し躍動的な姿を見せる。「機械仕掛けの馬がサーカスから逃げ出した。他の動物と一緒に音楽演奏をしようと、この建物に向かっている」イメージという。

色彩の検証にも細かな調整が重ねられた。ウィンドウの背景を飾る巨大なライトボックスは南向きに置かれるが、昼夜の違いなく人々の目に鮮やかに映るよう、和光の武蔵も加わり細かな調整が幾度となく行われたという。

さらにスズキは、「身体性」との関係も口にする。「音楽をつくる環境もこの20年にコンピュータですべてこなせるようになりましたが、人間が何かをつくるときには実際に手で触れてつくらないとわかりにくさが残ってしまいます。また、身体性に欠けてしまうとギミックなだけの表現にとどまってしまう。アナログな装置を用いながらも、アイデア次第でおもしろい見せ方ができる。そのことで普遍的な魅力を備える表現を生み出していけるはずです」。 加えて、「そのとき、その場限りの表現ではなく、いつ目にしたときでも新鮮に感じられるウィンドウディスプレイにしたかった」とも話す。

決められた時間に始まり一定時間の鑑賞を強いる映画などとは異なり、ゾートロープなどのアニメーションは目にした瞬間からストーリーが始まる。人が立ち止まった瞬間からストーリーは始まる、そんな「一人ひとりの時間軸で鑑賞できる装置」となるよう、さまざまな工夫が織り込まれている点も見逃せない。

ショーウィンドウでの音楽と、ペンタグラムで進む試み

これまでパブリックアートを多数手がけてきたスズだが、ウィンドウディスプレイを手がけるのは今回が初めて。「魅力あるウィンドウディスプレイは顔を近づけて見ようとする子どもの手形がガラス窓についていると聞いたことがあります。完全なエンターテインメントとしての表現とも異なりますが、街を行き交う人々に少しでも興味を持ってもらえるものでないといけない」と、ウィンドウディスプレイの難しさを口にする。

一方、人の立ち位置や視点の動きで見え方が異なるショーウィンドウでのインスタレーションは、「見る側の知覚がフルに活かされる点が大きな醍醐味」とも。ウィンドウに近づくにつれて聞こえる「音」は、そんな知覚へのアプローチのひとつとして重要な役割を果たしている。

本館中央のウィンドウから流れるのは、同館の時計塔のチャイムをアレンジしたオリジナルの楽曲。「ミスター ムーンマンの周囲に集った動物たちが奏でた音だ。

サウンドアーティストでもあるスズキにとって、音もまた重要な構成要素であることは言うまでもない。ペンタグラムで企業ロゴやブランドアイデンティティなど、幅広いプロジェクトを手がける彼が現在に力を入れているのがサウンドアイデンティティだ。

「企業アイデンティティの表現において、音のデザインがこれまで以上に重要になってくる」とスズキは話す。こうした考えの延長に今回、銀座の街のサウンドアイデンティティとして、和光の時計塔が奏でる音があると考えた。

ペンタグラムのパートナーに就任して1年を迎えたスズキにとって、新たな環境で培った研究成果なども今回のウィンドウディスプレイには活かされているという。「驚きをもたらすもの、人にとって魅力的なものとは何かを常にプロジェクトでは考えています」。

切り絵のようなイラストレーションやアニメーションの原型とも言える手法、動きの表現が活かされた和光のクリスマス・ウィンドウディスプレイには、ペンタグラムで進行中のプロジェクトのアイデアもいち早く盛り込まれている。そうしたことも念頭において今回のウィンドウディスプレイに目を向けると、さらなる発見があるに違いない。鑑賞の楽しみはもちろん、今後のビジュアルコミュニケーションの可能性を示唆する取り組みとしても見逃せない機会となるはずだ。End

▲スズキユウリ/1980年東京生まれ。明和電機のアシスタントを経て、英国王立芸術大学(RCA)のデザイン・プロダクト学科卒業。2018 年ペンタグラムのパートナーに就任。19 年秋にはターナー・コンテンポラリーで屋外サウンドスカルプチャーを披露。ロンドンのデザインミュージアムでも2020 年 2月まで近年の活動を追った個展が開催されているほか、グラスゴーのギャラリー、ライトハウスで1月まで個展「Furniture Music」が、またアメリカのダラス美術館で3月22日まで開催中の 「Speechless: Different by Design」展にも作品を出展。