デザイン展における展示デザインについて考える
「チェコ・デザイン 100年の旅」京都展の魅力

▲Photo by Yuki Moriya

京都国立近代美術館で開館を待つ「チェコ・デザイン 100年の旅」。1885年に設立され長い歴史を持つプラハ工芸美術館のコレクションから選定された約250点が展示され、チェコという国の激動の100年間をデザインを通して振り返る。20世紀初頭から現在までを8つの時代に区分し、さらに日本でも人気の高いおもちゃとアニメーションを独立させた合計10章から成り立つ。本記事では、特定研究員で建築史家の本橋仁氏にチェコデザインの魅力、そして氏がスキームづくりに関わった展示デザインについてお話を伺った(本展は昨年、岡崎市美術博物館、富山県美術館、世田谷美術館で開催された同名の展覧会の巡回展です)。

展示されたデザインと展示のためのデザイン

▲会場内に設置されたタイトルパネル Photo by Yuki Moriya

京都国立近代美術館のエントランスホールから続く大階段をのぼり、展示室に一歩足を踏み入れると、木製フレームの仮設壁と、そこに美しくレイアウトされたタイトル、解説パネルが目に飛び込んでくる。この木製フレームが、ときにパーテーションとして、またガラスケース内の作品を枠取りながら、会場全体を構成しているのは京都展だけのアレンジだ。会場構成のスキームづくりに関わった本橋氏は、デザイン展における作品と会場デザインのデザイン的調和の是非はきっちりと問うべきだと語る。

「通常、絵画や彫刻を扱う展覧会では、作品と展示デザイン(キャプションやパネルを含めて)は、その性質が全く異なりますが、デザインが主題の展覧会では、展示されたデザイン=作品と展示のためのデザインの位置付けに整理が必要になります。そこで両者が一眼で別物だということがわかるように、作品以外の要素はすべてこの木製フレームの中に配置し、展示の方法が“作品が醸し出す空気に介入すること”をなるべく避けることを目指しました」。

▲(上)既存展示ケースの手前に配置された木製フレーム。(下)フレームとインフォメーションの一体的なデザイン Photos by Yuki Moriya

この木製フレームを繰り返し、そこにインフォメーションをまとめるアイデアは、ヘルベルト・バイヤー(Herbert Bayer, 1900-1985)と、モホリ=ナジ・ラースロー(Moholy-Nagy László, 1895-1946)、ヴァルター・グロピウス(Walter Adolph Georg Gropius, 1883-1969)により1930年に設計された住宅建設組合のための展覧会(Exhibition Bulding Workers Unions, Berlin, 1930)の会場デザインを参照したという。

「この展覧会では、モジュールをもったフレームと、そこに入る種々のインフォメーションとがシステムを組み、さらにそこに家具などの作品が展示されていました。当時チェコでも書籍『Písmo a fotografie v reklamě(広告におけるタイポグラフィーと写真)』(1938)を通じて紹介されています。そういうつながりも意識しつつ、今回の展覧会の会場構成に適用しています」。

▲Photo by Yuki Moriya

タイトルや解説、キャプションなどのテキスト情報を展示システムと一体的にデザインするため、初期段階から本橋氏、グラフィックデザインを担当したRimishunaの西村祐一氏、施工を担当した株式会社GODO(ゴードー)のチームが密に連携をとりながらデザインを進めたという。さらにコストを抑えるため、普段積極的には使われない既存の可動壁を、作品展示のために用いるなどさまざまな工夫が凝らされている。結果的に、木製フレームと既存パーテーションのモジュールの違いによって隙間や余白が生まれ、それを「ズレ」として残すことで、思わぬ視線の抜けが生まれるなどの効果を生み出しているのが面白い。他にも京都会場独自の試みとして、各章の始まりにはその時代を代表するものとして椅子が置かれている。

「椅子はその時代の技術とフォルムを一目で認識することができます。また、フォルムが抽象化されたシルエットの美しさも楽しんでもらいたいです」。

▲Photo by Yuki Moriya

交差するチェコと日本

「チェコ・デザインというのは、常に外との関係、隣国との地政学的な関係性のなかでつくられてきました。スロバキアと分離し、現在のチェコ共和国ができたのも最近です。チェコ独自の民族意識と近代国家たらんとする動きが交錯するところが面白いと思います」。

2章で取り上げられているチェコ・キュビズムは、ウィーン分離派の幾何学的なデザインに、パリから持ち込まれたキュビズムが融合して生まれた。キュビズムが建築や家具にまで展開し、生活空間全体へと応用され、チェコ独自のモダニズム運動として評価されている。

▲キュビズムの作品。パヴェル・ヤナーク《クリスタル(結晶)型小物入れ》(1911年)

モダニズムは基本的に国際的な志向性を持っているが、チェコスロヴァキアという独立間もない国において、チェコ独自のデザイン様式を確立するという意識もあったとされている。そのため、続く3章では、1920年代になるとキュビズムの作家たちが民族的パターンを取り入れたロンド・キュビズムへと容易に変容していく様子が紹介されている。工業化と機能主義が趨勢となるまた1930年代、ナチスに侵略された反動で再び民族主義が濃くなる1940年というように、モダニズムとナショナリズムの間で揺れ動きながらデザインが展開する。こうした展開はチェコだけに限ったことではなく、日本にも重ねることができると本橋氏。

「1910年代の日本でも“我国将来の建築様式を如何にすべきや”と西洋から輸入した様式建築ではなく、日本独自の様式の必要性が議論されていました。インターナショナルなモダニズムと民族的な表現を求めるナショナリズムの間で揺れ動くその様子は、そのまま日本におけるデザインの展開とも比較できて興味深いです」。

日本との直接的な関わりとしては、アントニン・レーモンドの事務所で設計に携わっていたベドジフ・フォイエルシュタイン(Bedřich Feuerstein、1892-1936)の文具セットなども展示されている。ちなみにアントニン・レーモンド自身や、原爆ドームを設計をしたヤン・レッツェル(Jan Letzel, 1880 – 1925)もチェコ出身だ。逆に日本からチェコへのジャポニズムの影響など、チェコと日本の結びつきを見つけたり、相互に時代状況を比較してみることで、展覧会をより深く味わくことができるだろう。

▲ロンド・キュビズムの作品。パヴェル・ヤナーク《小物入れ》(1920年頃)と《花瓶》(1927年頃)

注目の作家、そしてこれからの展覧会の楽しみ方

さて、数多くの作家が紹介されている本展だが、その中で本橋氏が注目しているのがラジスラフ・ストナル(Ladislav Sutnar、1897-1976)だ。

「1930年代のチェコは工業化、そして機能主義の時代でした。そこで強い影響力を持ったのが、住居に関する必需品を製造から販売まで手がけた“美しい部屋(クラースナー・イズバ)”です。ストナルはその初代ディレクターを務めた人。もともと数学を学び、その後グラフィックデザイナーとして活躍した珍しい経歴です。“美しい部屋”ではプロダクトデザインも手がけています。第二次大戦後はアメリカに渡り、インフォグラフィックの分野で功績を残しました」。

▲ラジスラフ・ストナル、カヴァリエル・ガラス工房《耐熱ガラスのティーセット》(1931年)

展覧会のメインビジュアルとしても使われているガラス製のティーセットは、デザイナーとガラス産業が見事に結びつき生まれた美しいデザインだ。ストナル自身がグラフィックデザインを手がけた「美しい部屋」の広告冊子なども見ることができる。こうしたプロダクトは広く中産階級の家庭で使われていたものであり、博覧会などに出品されていたような高価で特別なものだけでない。

▲ラジスラフ・ストナル《「美しい部屋」 広告冊子》(1932年)

全体を通しても、アルフォンス・ミュシャがチェコスロヴァキア独立に際してデザインした紙幣や、共産主義社会のなかで日常的に使用されてきたプロダクトなど、チェコの人々の暮らしのなかで生きられたデザインをリアルに感じることができるのは、本展の大きな魅力になっているのではないだろうか。End

▲展示されている木製おもちゃ。奥の象とライオンのおもちゃは1930年代のストナルによるデザイン

▲展示デザインのスキームを手がけた京都国立近代美術館の本橋仁氏

チェコ・デザイン 100年の旅 100 Years of Czech Design

会期
2020年5月26日(火)~2020年7月5日(日)
会場
京都国立近代美術館
主催
京都国立近代美術館、読売新聞社、チェコ国立プラハ工芸美術館
詳細
https://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2019/436.html

▲Photos by Yuki Moriya