オラファー・エリアソンの 「リトルサン」は、
地球温暖化防止と世界の人々をつなぐプロジェクト

▲Photo by Kyoko Nakajima

オラファー・エリアソンは世界的に著名なアーティストだが、2012年に創設者のひとりとしてリトルサン社を設立したことはあまり知られていない。リトルサンは花の形をした黄色いソーラーライト。エリアソンは2017年3月に開かれた南アフリカのカンファレンス「デザイン・インダバ」のスピーチの締めくくりに、リトルサンを用いて会場を埋め尽くした観客全員とパフォーマンスを繰り広げた。

▲デザイン・インダバのスピーチの最後には、観客にリトルサンが配られ、全員でパフォーマンス。「動きやフィジカルな活動こそが知性に訴え、人々の記憶により強くメッセージを残すことができる」とエリアソンは語る。©2017 Design Indaba

地球温暖化の問題とマイクロ・エコノミー

リトルサンは2012年のロンドンオリンピック開催時の文化事業の一環として開発されたと、英国では一般的に言われていたが、オラファー・エリアソンはデザイン・インダバの壇上で、「聖火トーチの対極にあるもの、ひとりが持つものではなく、大勢が共有できるものとして考えた」と暴露した。当時、彼はこのトーチの考え方を提案したが実現に至らず、テートモダンで開かれた自身の展覧会に反映され、それがリトルサン社の設立のきっかけになったと語った。

「私はアフリカの夜の暗闇に、かねてから取り憑かれていました。郊外は信じがたいほど暗く美しいのですが、多くの難問も潜んでいます。10億もの人々が焚き木で調理し、その際、灯油ランプが使用されるのです」。

彼は2015年にパリで開かれたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)に際しては、グリーンランドから流氷をパリへ運び、2016年のマラケシュにおけるCOP22では参加国の政府要人にリトルサンを配り、地球温暖化への警鐘を鳴らした。

▲「ウェザー・プロジェクト」(2003年)。テートモダンの巨大なタービンホールにつくられた人工の沈まぬ太陽と加湿器が生む霧という環境に、来場者は自然と横たわり、見知らぬ者同士が並んで静かに日光浴を楽しんだ。エリアソンはデザイン・インダバのスピーチで、「それは潜在的な友情のアンプリファイア(増幅器)でした」と振り返った。Photo by Andrew Dunkley & Marcus Leith Courtesy of the artist;neugerriemschneider, Berlin; and Tanya Bonakdar Gallery, New York ©Olafur Eliasson

▲「アイス・ウォッチ」(2015年)。COP21開催中のパリのパンテオン広場の石畳に、グリーンランドのフィヨルドから運んだ80トンの氷を設置した。時計の文字盤のように並んだ12個の氷が溶ける様を通して、エリアソンは温暖化問題に警鐘を鳴らした。Photo by Martin Argyroglo ©Olafur Eliasson

「2017年秋に発売予定の新製品リトルサン・ダイアモンドが、毎日もし10万個使われたならば、53,000㎥級のタンカーを満たす灯油の使用を防ぐことができます。また、電気のない地域の人が使う週1ドルの灯油は、10ドルほどのリトルサン・ダイアモンドを購入することで、10週間もしないうちに元が取れるでしょう」。

デザイン・インダバの壇上でエリアソンは、リトルサンのマイクロ・エコノミー性を軽やかに語った。このソーラーライトの販売価格は開発途上国と先進国とでは異なっているという。サハラ以南のアフリカ諸国への輸送費を先進国の価格で補填しているのだ。

▲上から「リトルサン・オリジナル」「リトルサン・チャージ」「リトルサン・ダイアモンド」。2017年撮影当時の「リトルサン・ダイアモンド」はプロトタイプだった。Photo by Makoto Fujii

国は違っても皆同じ

エリアソンに、アート作品と電化製品をデザインすることの違いを尋ねると、彼は一瞬微笑むように語った。

「リトルサンは小さなスカルプチャーです。こう私が言えば、君たちジャーナリストはその価値をより強く感じてくれるのではないでしょうか?」。

この言葉を信じるジャーナリストもいるかもしれないが、リトルサンはこれまでの彼の作品イメージとは大きく異なっている。

「リトルサンでは従来のアートラバーではない人たちに近づきたかったのです。照明のために灯油を購入するような経済ピラミッドの底辺にいる人たち(BOP=base of the pyramid)です。強要することなく、彼らの習慣を変えられたらと思いました。安価でわかりやすい製品づくりはそのためですが、新たなリトルサン・ダイアモンドでは、10代より上の世代に向けてデザインしました」。

▲エリアソンは2012年にエンジニアのフレデリック・オッテセンとともにリトルサン社を設立。日進月歩のソーラーライトだが、最初に発売した「リトルサン・オリジナル」もソーラーの機構は常にアップデートしているという。Photo by The Davis Enterpris ©2012 Little Sun

さらに、先進国と電気のない地域に同じ照明器具を供給する意味を尋ねた。有名アーティストならば、コレクター向けのエディション作品をつくるほうが、よほど資金が集まるからだ。

「私は裕福なアートコレクターがアフリカの新しいNGOになる状況をつくり出したくはありませんでした。BOPの人たちに無料でリトルサンを差し上げたこともありません。(先進国と開発途上国での)リトルサンの価格差は僅かなものです。この理由は、私たちはしょせん皆同じだからです。安全な場所に住みたいとか、子どもに良い教育を受けさせたいなどと、私たちのニーズは皆同じだと思いませんか?」。

▲2016年発売の「リトルサン・チャージ」。キックスターターを用いて製品化した照明兼携帯電話の充電器。充電許容量は4,400mAH。2台のiPhoneが優に充電可能で、別売のスタンドもある。©Little Sun

権力者と人々の関係を考える

他者に対して想像力をもって思いを馳せることが難しい現代社会で、エリアソンは日本のデザインはユーザーの意見を聞くことができる世界でも稀有な存在だと評価した。また、日本は国や企業レベルで地球温暖化に積極的に取り組んでいるが、エリアソンはもっと素早いアクションが人々の側から起こっても良いはずだと指摘する。「日本人が、政治に対して大人しすぎると言いたいのか」と尋ねると、話は突如、2016年のパナマ問題に飛んだ。これにより、アイスランドでは国民の大規模なデモが起こり、当時の首相が辞任に追い込まれた。

「(2008年の)金融恐慌の際、国を破綻に追い込んだ経営者たちを牢獄へと送ったのは、世界でアイスランドとナイジェリアだけでした」。

どことなく誇らしげに語った彼は、デンマーク生まれだが、アイスランド人の両親を持つ。

「日本とアイスランドの共通点は、人々の社会インフラへの高い信頼です。一方、アイスランドで不正に対して国民から素早いアクションが起こるのは、国のサイズや人口の少なさもあるでしょうが、政治家が誰かを皆よく知っているからです。日本でアクションが起こらないのは、政治家たちが庶民から遠い存在だからではないですか? 最近は変わったと聞きますが、日本人は権力者に対して忠実という印象を私は持っています」。

▲「ハルパ・レイキャビク・コンサートホール&カンファレンスセンター」(2013年)。デンマークの建築家へニング・ラーセンと協働した建築プロジェクト。エリアソンは太陽の動きと天候によって色が変化するガラスと照明を用いたファサードを手がけた。その後、アイスランドのランドマークとなり、観光客は美しさに魅かれて夢中でシャッターを切るが、彼らの多くはエリアソンのデザインとは知らない。同年ミース・ファン・デル・ローエ賞を受賞。Photo by Olafur Eliasson Courtesy of Eignarhaldsfélagi∂ Portus Ltd., Reykjavik, Iceland ©Olafur Eliasson

社会の活性成分としてのアート

さて、話をリトルサンに戻そう。

エリアソンはリトルサン・ダイアモンドを発表したばかりだが、すでに家庭用ライトの構想があるという。そればかりか、リトルサンのシリーズ化を進め、最終的にソーラールーフやホームシステムをつくるという展望を語った。

「太陽光発電の製品をつくる企業は多いが、私たちは世界で数少ない『人々の生活のクオリティ』と『地球温暖化を防ぐ』ことを目標に掲げる会社だと思います。形態は会社ですが、私にとってはアートプロジェクト。だからこそ、自分自身が興味を持って活動しています」。

▲「リトルサン・ダイアモンド」。5時間の充電で約5時間点灯。反射した光がダイアモンドの形に見える工夫が施されている。プラスチックの使用量を少なくすることで、コストダウンとマテリアルの無駄を省いている。©Little Sun

近年、先進国の国際政治での発言力が弱まるとともに、経済躍進の著しい国々に温暖化防止を説くのは難しい状況にある。しかし、エリアソンは「アートこそが社会のなかの活性成分となる」と主張する。

「アートは、長い間、科学とその抽象性を、的確な方法で人々に伝える役割を果たしてきました。だからこそ、ソーシャルな問題にもスノッブになることなく、人々とのつながりを図ることができるのです。昨日出会った人に私の職業を聞かれ、『エネルギー部門で働いている』と答えたら相手がひじょうに困惑し、『アーティストでもある』と付け加えたら、さらに驚いていた。だから『エネルギー部門がアートです』と締めくくりました」(笑)。

▲エチオピアでのリトルサン。Photo by Michael-Tsegaye ©Little Sun

アートはたくましい

言葉数は多くないが、エリアソンは雄弁だ。自らの作品のみでなく、政治や国民性などについて忌憚のない意見を述べる。

「私は自分のアートが吟味されるのを恐れてはいない。アートはわれわれが思っている以上に耐久力があり、たくましいものです。私が何かを語ると、あなたの作品に影響するからと制する人もいますが、私の言葉さえ、アートの前では洗い流されてしまう。アートは茹ですぎたヌードルのようにソフトなものでも、スピリチュアルなものでもない。アートは強い。世界のアイデンティティだって変えることができる。人々が互いに愛し合うためにも、アートは使われるべきだと思う」。

ソーシャルメディアが流行する昨今、人は他者からの批判を恐れ、公に意見することを憚る傾向にあるが、エリアソンの態度は真逆。また、アーティストとデザイナーの仕事は時としてオーバーラップするが、彼の強さに根本的な違いを見せつけられた気がする。世界中でソーシャルなプロジェクトが生まれては消えるなか、リトルサンは創業5年目。少しずつだが、確実に活動は認知されている。地球温暖化のスピードに、われわれの意識が追いつくことを望みたい。

帰り際に「スタジオにいらっしゃい」というエリアソンの言葉を受け、後日ベルリンを訪れた。そこでの体験は弊誌ウェブでお届けする。End

オラファー・エリアソン/1967年コペンハーゲン生まれ。95年王立デンマーク芸術アカデミー卒業、ベルリンにスタジオを開設。2003年ヴィネチアビエンナーレのデンマーク館で「ブラインド・パヴィリオン」を発表。同年、ロンドンのテートモダンで「ウェザー・プロジェクト」を制作。08年「ウォーター・フォール」では巨大な人口の滝をニューヨークに設置。人間の視覚を考察した作品も多いが、98年の「グリーン・リバー」のように、当初からポリティカルな作品を発表する。現在スタジオのスタッフは約100名。建築家、クラフトマン、技術者に加え、美術史家、公文書保管人、料理家など多彩。2012年にリトルサンを共同設立した。Photo Tomas Gislason ©2012 Little Sun

ーー本記事はAXIS 187号(2017年6月号)からの転載です。