グッチ、ハイファッションのオリジンを見る——
「インド 沙漠の民と美」展

▲撮影:笹谷遼平

デザイン誌「AXIS」192号で、「ハイファッションを支えるインドの手仕事」という記事を書いた。実際にパリのオートクチュールの刺繍もインドで施されている。
今回紹介する展覧会「インド 沙漠の民と美」でも素朴さとは対極にある精緻な刺繍の数々を目にすることになるが、インドの伝統が現在のファッションに与える影響は刺繍のDNAだけではない。

展覧会が開かれている東京・自由が丘の岩立フォークテキスタイルミュージアム(以下IFTM)は、小さいながらも布好きにはつとに知られた美術館である。開催中の同展は開館10周年の特別展とうたうだけあって見応えのある展示品が並ぶ。

グジャラート州の針仕事と題された前期の展示では刺繍に目がいくが、ほかにもファッション好きなら気づかずにはいられない裏テーマが見え隠れしている。ケディヤのシルエットがそれだ。

▲展示作品よりラバーリーの男性上衣、ケディヤ(ケーリヤ)。白無地が日常着であるのに対し、刺繍が施されているのは祭儀用。撮影:笹谷遼平

ケディヤとはグジャラート州カッチ地方の牧畜の民、ラバーリーの男たちが身にまとう上衣。胸から下を切り替え、細かくプリーツを寄せたいわゆるカシュクールタイプの上着で、通常は白無地で仕立てられている。

▲岩立広子の著書『インド 沙漠の民と美』(用美社) より。1983年3月に現地を訪れた氏が撮影したラバーリーの男性たち。日本では女性限定の感があるラバリジャケットだが、オリジナルの着こなしからはフェミニンさは感じられない。

それが同じカタチでも幼児婚(現在は廃止されている。ちなみに人身売買的因習ではない)の装束となればカラフルに刺しゅうで埋め尽くされる。一見すると両者の印象は大きく隔たっているが、上はタイトで下にボリュームのある、いわゆるフィット&フレアの構造は共通だ。このデザインがラバリジャケットである。

▲撮影:笹谷遼平

打ち合わせを深く取った前身頃の下半分にはプリーツ、脇を紐で結び留めて着るか開けたまま羽織るアイテム、カシュクール。言われてみればどこか見覚えのあるこのデザインは、ラバリジャケットがルーツだったのだ。

しかしいくら魅力的なアイテムとは言え、インドの一地方のデザインがどうして世間に広がったのか。

世界の民族衣装を貪欲に取り込んできたハイファッションがまずラバリジャケットを発見した。その成果は2000年代初頭のGUCCI やDOSAまでさかのぼることができる。20年経った今、検索すれば多くがヒットする。そこには日本のHAFAなども含まれる。

ちなみに、彼らの服づくりは近ごろ話題のファッション界の悪習、他者の文化を「無断借用」するCultural Appropriationとは縁がない。DOSAとHAFAの服はそもそも現地、インドでつくられている。

▲撮影:笹谷遼平

こうして日本にまでたどり着いた支流のオリジンに触れることのできる機会が本展である。
館長の岩立広子が展覧会に寄せた文章に次のような一節がある。「私の半生を魅了したインドの手仕事が新たなルーツとなってあちこちに根付き、将来の世界の手仕事を牽引する力になってほしい」。

氏の意図するところとは少し違うだろうが、ラバリジャケットは現代の日本に根付いたと言える。インドの手仕事がファッションに蒔いた種は実をつけるまでに育った。もちろん本展の魅力はそれだけではない。美しい刺繍のひとつひとつを愛で味わって、しばらくは叶いそうにないインドへの旅に想いを馳せたい。(文/入江眞介)End

DOSA
ドーサのデザイナー、クリスティーナ・キムがはじめてラバリジャケットを発表したのは2000年初頭。それに先立つ1996年に訪れたインド、ラジャスタン州で彼女が見かけたラバーリーの男性が着用していた上衣が製作のきっかけとなった。そのプリーツのボリュームと全体のプロポーションに、彼女のルーツである韓国の伝統的な女性用装束と通じるものを感じたという。それ以来、ラバリジャケットはつどの見直しを経て7回発表されてきた。画像はクリスティーナ自身がもっとも気に入っているスタンダードイシュー シリーズのファイン カディコットン製ラバリジャケット。撮影:Mona Shah


GUCCI
トム・フォード時代のグッチのなかでもエポックの1つとなった2002年春夏コレクション。ガラリとイメージを変え、リラックスしたムードを強く打ち出しシーズンのトップを飾ったのがラバリジャケットだった。原型に近いカタチで用いながらも最先端のモードになっているのはさすがトム・フォード。画像は『マリ・クレール ジャポン』(角川書店)2002年8月号掲載の拙稿「針の目のモード」連載第2回Material Worldより、グッチの当該コレクションのファーストルックと同一のコーディネートを撮り下ろしたもの。


HAFA
HAFAのラバリジャケットへのアプローチは前述のブランドとは少し異なる。主宰の芝田悠未子は自身、民族衣装を着るのが好きで、集めていたもののひとつがラバーリの男性上衣。それら現地からのヴィンテージのなかには取れないシミなどコンディションに難ありなものも多い。それならば、と新たに製作することにしたのが2年前。そのためHAFAのラバリジャケットはサイズを女性用に変えただけでケディヤの原型そのままである。製作はもちろん現地で行われている。ラバーリーのテイラーが仕立てたものを同地域の染色職人が芝田の指示に沿ってさまざまな色に染め上げる。

インド 沙漠の民と美

会期
2020年7月16日(木)~2020年11月7日(土) 会期中の木~土曜日のみ開館
時間
10:00~17:00
会場
岩立フォークテキスタイルミュージアム
詳細
予約優先のためHP、電話にて事前に確認を
TEL
03-3724-5407
URL
http://www.iwatate-hiroko.com/