手がけた菓子がヒット商品に。
デザイナー橋本崇秀が考える、息の長いものづくり

▲「NANASAN」シリーズの琥珀糖の菓子「MIO」。

大阪と神戸を拠点に活動する橋本崇秀(はしもと・たかひで)は、生活用品、家具、工芸品といったプロダクトデザインを中心に、パッケージ、グラフィック、ウェブサイト、展示ブースまで幅広くデザインしている。2018年末に発表した滋賀県のとも栄菓舗の菓子NANASAN (ナナサン)がヒット商品となり、テレビや雑誌で多数取り上げられ、SNSでも大きな反響を呼んだ。来年で事務所設立10年を迎えるにあたり、これまでの道のりと今の心境を聞いた。

▲部屋の隅に取り付けられる時計「nook」。学生時代に学校の課題で製作したものをリデザインした。

学外での出会いと学び

橋本は、学校でプロダクトやインテリアデザインを専攻。在学中に、自分の腕を試すためにいろいろなコンペに応募し、ダイソンデザインアワードでブロンズ賞や優秀賞、富山プロダクトデザインコンペティションではファイナリストに選出され、結果を残した。また、コンペでの受賞経験が豊富な滋賀県立大学で教鞭をとる南政宏のもとを訪ねて助言をもらい、今までの自分になかった新しいものの見方を授かるなど、学外の世界にも積極的に学びを求め、それが自身の糧になり、現在のベースになったという。

▲大学の卒業制作「KUJIRA」。内側から光を放つ、新しい照明のかたちに挑戦した。

「いろいろな人に助けていただき、ここまで来ることができました」と、橋本は振り返って語る。2012年に事務所を設立したときも何もわからなかったため、前述した南政宏をはじめ、知り合いのデザイナーらにどのように活動しているのかを尋ね、富山のコンペを通じて知り合ったデザイナーの岡田心には、契約書の書き方やクライアントにプレゼンをするときのノウハウを含む多くのことを教わった。

一方で、営業ツールとして、学生時代に評判が良かった課題でつくった時計をリデザインして自社製作した。さらに、ウェブでの発信がますます重要になると考え、写真撮影やグラフィック、ウェブデザインを独学で習得。橋本の現在のホームページに掲載されている写真やスタイリングの多くは自身で手がけている。

▲「吉野杉のパンケース」バゲット用。蓋はまな板として使用でき、溝にパンくずが落ちる仕掛けに。シンプルながら機能性に優れている。

▲ほかに食パン用とパウンドケーキ用の3種類をデザイン。上記の写真のスタイリングと撮影も橋本が自ら行った。

コンペを通じて、多彩な作品を手がける

多数のコンペに応募することで、その結果を見た人から少しずつ仕事の依頼が入るようになった。独立した年の12月に行われた「吉野材を使った暮らしの道具デザインコンペ」では、橋本の「吉野杉のパンケース」が最優秀賞を受賞した。奈良県吉野町の地域おこしの一貫として、吉野材の魅力を伝えることを目的にしたコンペだった。

橋本は杉の防カビ効果に着目し、製材加工技術でつくれるシンプルな箱の形を考え、その2つの要素を結び合わせてパンケースをデザインした。当時は商品化に至らなかったが、自身のホームページに掲載して以来、たびたび問い合わせがあることから、昨年、家具職人の幸玉次郎の協力を得て、ブラッシュアップした自社商品として開発を進めているところだ。

▲ミラノサローネに出展し好評を博した、照明「SENGETSU」。ダマスカス鋼の素材と、下部に仕込まれたLEDが放つ光が日本刀を想起させる。

独立して2年目の2014年、大阪府内の中小企業とクリエイターをマッチングさせて新事業の創出を目指す「DIMO 大阪デザインイノベーション創出コンペティション」に参加するために、デザイナーの福嶋賢二とクリエイティブスタジオ「AZUCHI」を結成した。

AZUCHIとして2018年まで活動し、「金属製の枡」や、親子でDIYを楽しむための工具「cummu」、日本刀をイメージした照明「SENGETSU」などをデザインし、2017年にはふたりでミラノサローネのサテリテに出展を果たした。

▲アイワ金属で販売されている「2×4 Ladder Shelf」。壁や床を傷つけないように保護シートがついているので、賃貸住宅にも使用できる。

神戸と大阪を拠点に活動

その後、橋本はひとりに戻り、神戸と大阪を拠点に活動している。2×4材を使った、自分で組み立てる「2×4 Ladder Shelf」や介護用リハビリマット「JointMotion」といったプロダクトが製品化された。そして、2018年末の発表以来、話題を呼んでいるのが、滋賀県にある1932年創業の老舗和菓子店、とも栄菓舗の菓子である。

▲新しい菓子を目指して開発された「MIO」。

プロダクトデザインの視点で和菓子を開発

開発がスタートしたのは、2017年。4代目の西沢勝仁が修行から戻り、妻で菓子職人の有莉とともに新しい菓子の開発を考えていた。橋本はロゴのグラフィックやパッケージデザインだけでなく、ブランド名やブランドコンセプト、使用する材料、色味や形までプロダクトデザイナーの立場や視点で関わり、西沢夫妻とディスカッションしながら進めていった。

ブランド名は、革新的な試みを「7」、伝統的な技法を「3」として指標に置くことと、滋賀に流れる安曇川(あどがわ)の信仰神を祀る7つの社を総称して「七シコブチ」と呼ぶことから、それにあやかって「NANASAN(ナナサン)」とした。菓子の材料には地元にゆかりのあるものをと考え、安曇川の三角州で栽培される希少な果実、アドベリーを採用。

▲「MIO」を2つに割ったところ。試作と試食を何度も行い、形状は3Dプリンタで検証を重ね、約2年の歳月を経て誕生した。

「NANASAN」ブランドを代表する商品「MIO」は、伝統的な琥珀糖を用いて新しい菓子の開発を試みたものだ。橋本は琥珀糖の表面のシャリっとする独特の歯触りが面白いと感じ、その食感を増やすために多面体の形を発想。そして、ブランドの指標の7と3の数字に基づいて、ひとつひとつの面を三角形に、上から見ると七角形に見える形を提案。その形をつくるためには型での成形が必要となり、琥珀糖の性質上難しいこととされたが、とも栄菓舗の長年培った技術のもと試行錯誤を重ねることで実現にたどり着いた。それは赤いベリーの色彩が引き立つ、洗練された美しい形。そして、表面はシャリっと、中はぷるぷるとした寒天ともちっとして甘酸っぱいベリーのグミが入った、多彩な食感と味わいが楽しめる新しい琥珀糖として誕生した。

パッケージは、昔、安曇川で建材を筏(白)で運ぶ筏師が、水面(水色)に映った朝日(ピンク)を見た光景と、西沢夫妻による新しい菓子の誕生を朝日とイメージして表した。「NANASAN」の商品は、ほかに「SOU」と「HAKU」を開発し、2018年11月のインテリア ライフスタイル リビング展で発表して以来、多くの反響を得ている。

▲手軽に和菓子を食べられるスタイルを追求した「SOU」。ラスクにアドベリーと餡、レアチーズのペーストをつけて食べる。

売れるデザインを目指して

橋本が目指すのは、「売れるデザイン」だという。「一時的にデザイナーが介在して売れるものではなく、デザイン業界だけで話題になるようなものでもなく、デザインに関心がない人にも手に取ってもらえて、しっかり売れ続けるものです」。

そして、近年、老舗店の和菓子の開発などに携わるなかで、ものづくりに対する思いに変化が生じたという。「長い歴史のなかで伝統を受け継いできた方々は、自分の土俵をしっかりもっていて、自信をもってこれだと言えるものがある。そのことが羨ましく思えました。これまで僕は単発の仕事が多かったこともあり、自分にもこれだと言えるような、息の長いものづくりをしてみたいと思うようになりました」。その息の長いものづくりを考えるうえで、現在、自社ブランドの製品開発を思案中だ。

▲おこしにアドベリー味のチョコレートをコーティングした、「NANASAN」の新商品「MAI」。

来年は事務所設立10年目を迎え、活動の領域も少しずつ広がりを見せている。現在、パンケースや自社ブランド製品の開発のほか、「NANASAN」の新商品「MAI」が4月に発売予定だったり、広島県福山市鞆の浦にあるカフェのオリジナル商品としてパッケージと味の開発に携わったピカンテオイルもまもなく完成する予定だ。新作を含めた今後の展開が知りたい方は、ぜひホームページやSNSをチェックしてみてください。End


橋本崇秀(はしもと・たかひで)/デザイナー。1982年兵庫県生まれ。2005年大阪デザイナー専門学校プロダクトデザイン科卒業、2009年神戸芸術工科大学デザイン学部プロダクトデザイン学科卒業。2011年インテリア雑貨メーカー、プロダクトデザイン事務所を経て、2012年TAKAHIDE HASHIMOTO DESIGN設立。ブランディング、デザイン(プロダクト、グラフィック、パッケージ、ウェブサイト、展示ブース)、写真撮影、ライティングなど、幅広く手がける。