イン別府と臼杵はこんなところでした。
——現代といにしえを行き来する美術の旅

▲鶴見園の廃墟、プールの階段。時を経たペンキの色と剥離が美しい。

旅行に行くとたいてい予期せぬおもしろい事に遭うという才能のある人がいるものですが、そういう旅の達人は、たいてい、その街の一番古いバーに行く、蔵元を尋ねる、その土地の陶器を必ずひとつは買うなど、何かテーマを決めて旅行する人が多いようです。大分にはそのどれもをが揃っています。それだけでなく、別府とその周辺では、現代アートという楽しみも加わります。2020年12月12日から2021年3月14日まで「梅田哲也イン別府」が開催されていた大分県を訪ねました。

現代アートで巡る

梅田哲也イン別府「O滞」は、オリジナルのラジオを手渡され、その音声を手がかりに別府の街を回遊するというもの。また回遊する場所と同じシーンで撮影された映画が街のメインストリートにある映画館で上映されています。まずは別府駅の受付で、ラジオを手に入れ、さあ出発です。

▲ウエルカム感満載の別府駅

▲オリジナルのラジオと別府の街の地図が手渡される。

まず向かったのが鶴見園。ここには別府ならではの風景が広がっていました。地元の人もほとんど足を踏み入れなかったという1943年に開演した遊園地の跡地です。華やかな歌劇が上演されたという廃墟には、フェンスや庭の石などがそのまま放置されていて、その間に木々が生い茂った第2の自然ともいうべき不思議な森ができていました。

ラジオからは華やかだった時代を感じさせるナレーションが流れ、自分が歩いている風景との、時のブレを体験するという不思議な感覚が生まれます。

▲使われなくなった空のプール。冒頭の写真はここの階段。

さて、別府には別府タワーと別府ロープウェイという力強い風景のポイントがあります。そのロープウェイも、この梅田哲也イン別府「O滞」のサイトのひとつとなっています。ロープウェイの中でも突然ラジオが語り始めます。

▲高所恐怖症にはあまりおすすめできない高低差を持つロープウェイ。スピードも速く、スリリング。

そして別府といえばこれを見なくては、という場所も入っています。少々距離がありますが、強い風と登り坂に疲れたら、街とは違う泉質の温泉を楽しむこともできます。別府八湯すべての温泉源とも言われている塚原温泉火口乃泉。

▲別府温泉ならではの風景。塚原温泉火口乃泉。

最後にメインストリートにある昭和24年にできたという映画館「別府ブルーバード会館」で、映画を観ましょう。種明かし、ではないのですが、梅田哲也のメッセージを読み解き、別府の風景のおさらいができるのです。いつ観てもよいのですが、先に観るよりも後から観る方がおすすめ。

他にも丸井戸や、ビーチ、港と、見所がいっぱい。そこに流れるナレーションを聴きながら、歩きまわらずにはいられないというアートプロジェクトでした。新しいアート作品があるわけではありませんが、ラジオの音声を通して見た別府の街自体をアート作品として楽しめるというものです。

コロナの影響で、ほとんどのアートイベント、展覧会が中止または延期されるなか、梅田哲也イン別府「O滞」プロジェクトが開催されたという意義は大きいと思います。ある意味右ならえにならない独自の判断を持つことができる別府という街は、古くからの湊町であり、温泉の街として栄えてきた、よそ者を受け入れる懐の深さと成熟した文化があるのでしょう。

尚、このプロジェクトについては、梅田哲也さんご自身が本誌211号(2021年5月1日発売号)のクリエイターズナビに寄稿してくれます。

いにしえの美術に囲まれる

さて、その歴史の古さを感じることができるものとして、現代アートとは対照的に、大分には他では見る事のできない古い美術もあります。その中の白眉が、臼杵石仏でしょう。なにしろここには国宝の仏が61体! 並んでいるのです。

▲臼杵の石仏というと、この大日如来が有名。保存状態、規模ともにすばらしいものだが、4つのグループに分かれた、石仏群のひとつの像にすぎない。他にある仏像もそれぞれ個性的。

地面に落ちていた頭部を平成5年に胴体につなげ復元した、リストラよけといわれる大日如来が有名で、実際に行くまではその仏像の印象だけが強かったのですが、ここは大日如来の顔だけでなく、仏像の置かれている場所の空気と、他の仏像も味わうべき場所です。

▲タイのお坊さんがこの景色を見て「この土地自体が蓮の花のような形なのですね」と言ったという。この地に桃源郷をつくりたかったのではないだろうか。

個人的には童顔で、笑っているようにもちょっと泣いているようにもみえる山王山石仏にひどく魅了されました。邪気というものがまるでない仏様の顔を見たら、業にまみれた自分の生活を省みずにはいられませんでした。

▲山王山石仏。まさしく野仏というのにふさわしい素朴な石仏。

この石仏群は謎に満ちていて、誰がいつつくったのか正確なことはわかっていません。1100年代後半にあったことは間違いないようですが、長らく地元の人しか知らない草藪の中に隠れていて存在を知られていませんでした。

石仏観光センターの宇佐美裕之さんの話によると、ノーベル化学賞を受賞した湯川秀樹の父親の地質学者、小川琢治が「日本には仏像はいっぱいあっても雲崗や竜門のような磨崖仏はないからなあ」とつぶやいたら、それを聞いた学生のひとりが「そうですか?僕の実家の近くには岩壁に石仏があるところがありますよ」と言ったことがきっかけで、この磨崖仏の里が発見され、世に広く知られるようになったという話です。

別府から臼杵までは、クルマで1時間かかりません。臼杵には大型バスで来て仏像だけ見て帰る観光ルートが人気があるようですが、ぜひ見て欲しいのが臼杵の街です。

▲歩くのが楽しい臼杵の街

臼杵は古い城下町。キリシタン大名、大友宗麟の時代には、ポルトガルとの交易があった国際都市だったそう。現在は人口4万人弱の静かな街ですが、今でもどこか雅な感じが漂う趣深い街です。

ここには創業1860年創業という造り酒屋久家本店があります。藩主稲葉氏からいいつかって酒造りをはじめ今16代目だそう。1月から3月が酒造り、麦焼酎が5月、芋が9月と1年を通して酒造りが行われているそう。もちろん1番手間ひまがかかるのが日本酒です。

▲あっいう間に空いてしまった生酒2本。特別純米酒USUKIは甘口ではないが、甘さの中にうまさがある。生酒本なまはそれに比べるとシャッキリしたタイプ。首都圏にはほとんど出回っていない。「一の井手」は久家本店の代表ブランド。

▲見学可能な酒造場は、末広川のほとりにある。

またこの街には、一度は途絶えてしまい、近年蘇らせたという臼杵焼きの工房もあります。陶器と磁気の中間のような雰囲気の白磁で、大きなお皿は普段使いするにはかなりの重量ですが、桜の頃、きりっとした冷酒を飲むのにぴったりのこんな湯呑みもあります。

USUKIYAKIの工房内。

▲稜花湯呑。別府にあるSELECT BEPPUでも買うことができる。

▲別府大分間を結ぶ国道10号線。立ち昇るいくつもの煙柱は、春の霞ではなく、古代から湧き出ている温泉だ。

アジアで初めての「宇宙港」に選ばれた大分空港。羽田からは1時間40分のフライトです。未来への旅行に行く前に、まずは日本列島の地熱と人の創造を感じる、現代といにしえを行き来する旅に出かけてみてはいかがでしょうか。(文/AXIS 辻村亮子)End