長い眠りから覚めたスペースエイジな建築
国際会議場ICCベルリン

芸術の秋到来のベルリンでは、毎週のように注目を集める展覧会やコンサートが開かれている。その中でも特に話題を集めた、70周年を迎えたベルリン芸術祭(Berliner Festspiele)による、パフォーマンスや音楽、映画、インスタレーションなどを融合させた「The Sun Machine Is Coming Down」を取り上げたい。

このイベントについてベルリンの人々に尋ねると、必ず耳にしたのが「開催場所であるICCベルリンを観にいくだけでも価値がある」という言葉。閉鎖されていたこの建物が、10月7日から17日の10日間だけ一般公開されたからだ。ユニークな建物の空間的枠組みを利用したイベントだったが、その内容に触れる前に、建築について紹介しておきたい。

ベルリンでは、芸術や音楽といった文化イベントの会場として歴史的建造物が使われる例は珍しくない。例えば、旧東ドイツの発電所を改造した「ベルグハイン(Berghain)」は、伝説的なクラブとして世界的に有名だ。昨年と今年の夏にかけては、このベルグハインでプライベートミュージアム「ボロス・コレクション(Boros Collection)」が大規模な展覧会を開いたことも記憶に新しい。

今回の会場となった西ベルリンの外れに位置する国際会議場「ICCベルリン(The International Congress Center Berlin)」は、2014年以降、数回の映画撮影と、一時的に難民の宿泊施設として使用された以外は、ずっと閉鎖されていた。巨大なシルバーグレーの外観、丸みを帯びた窓、ところどころに突き出た円形の砲塔などが宇宙船をイメージさせ、今回のイベントのコンセプトにもインピレーションを与えたようだ。


ICCベルリンが建てられたのは1979年。設計したのは、ベルリン出身の建築家であるウスリナ・シューラー・ウィッテ(Ursulina Schüler-Witte)とラルフ・シューラー(Ralf Schüle)。ハイテクで未来的、スペースシップを彷彿とさせる美学は、建物の細部までたどることができ、「70年代スペースエイジ建築の代表作」として賞賛されてきた。

しかし、設計から竣工、現在までにたどった道筋は複雑だ。1965年の設計以降、何度も仕様が変更され、10年後の1975年に工事が始まったときには、第二次大戦後のドイツの建築プロジェクトの中で最大かつ最も高額な建築物となった。その建設費は約10億ドイツマルク(現在の為替レートで約669億円)に上ったと言われている。

Markus Selg: FRACTAL SONGS OF DISTANT EARTH. The Sun Machine Is Coming Down

建物に一歩足を踏み入れると、まず退廃した空港ロビーのような空間が目に飛び込む。左右対称に照らされた青と赤の蛍光灯、時間が止まったままの電光掲示板や時計。Richard Janssenによるサウンド・インスタレーションが不気味に鳴り響き、Frank Oehringによるネオン・ガイダンス・システムや、Markus Selgによる神秘的な照明のショーケースも相まって、まるでSF映画の舞台の中に降り立ったかのような錯覚を覚えた。今回のイベントに伴い、ベルリン芸術祭の総合ディレクターThomas Oberenderは、建物内のさまざまな設備を再調整したという。

WangShui: From Its Mouth Came a River of High-End Residential Appliances. The Sun Machine Is Coming Do

建物には、さまざまな形や大きさの80の会議室があり、20人から9,000人の来場者に対応可能だ。ホール1だけで収容力は5,000席、それぞれに折りたたみ式のテーブル、読書灯、灰皿が組み込まれている。

ホール2は珍しい可変型の会場で、メイン座席がリフト式。天井まで座席を吊り上げれば、下には2,500㎡の広大なスペースが現れる。また、座席がサークル状に配置されているホール6は、80年〜90年代に制作されたSF映画で、宇宙船の司令室としてたびたび使われたという。

これらの会議室やホワイエ、テラスなどが芸術的な入れ子で配置され、階段やエスカレーターでつながれているのだが、その構造が複雑で、時々、自分がどこのフロアにいるのかわからないという感覚に陥った。また、近代化されていないおかげで、コートフックやドアハンドル、トイレの廊下の鮮やかなオレンジ色のタイル、カーペットの円形の模様といった細部が、まるでタイムカプセルに入っていたかのような良好な状態で残っているのも印象的だった。

さまざまなタイプのイベントに対応できる「対話のための空間」として設計されたが、ベルリン市の100%子会社であるメッセ・ベルリンは、高額な維持費を負担することを望まず、新しい会議場を建設した。それ以来、ICCベルリンは閉鎖されていたが、スタンバイ・オペレーションだけで年間約1,500万ユーロのコストがかかり、アスベスト汚染という問題も抱えていた。全面改修にかかる費用は約4〜6億ユーロと言われて手の付けられない状態にあったが、取り壊し費用も膨大であると、2019年にアスベストを完全除去したリノベーションが行われ、現在では歴史的建造物に登録されている。

過去7年間閉鎖されたままだった1970年代の未来的な建物は、今回のSunMachineIs Coming Downによって息を吹き返し、文化や社会全体の対話の場として新たな可能性を示唆したのだ。

SunMachineIs Coming Downの内容は、次回に続く(写真はすべて©Berliner Festspiele/Eike Walkenhorst)。End