神戸芸術工科大学発の活動体、Design Soil。
田頭章徳が目指す手を使って考えるものづくりとは

▲活動10年記念展「little forest -神戸芸術工科大学・デザインソイルの10年-」。

神戸芸術工科大学プロダクト・インテリアデザイン学科のDesign Soil(デザインソイル)は、教員と学生による、世界の舞台を目指して取り組む実験的なデザインプロジェクトである。この活動に参加した卒業生のなかから、岩元航大や前回ご紹介した大島淳一郎といった若き才能あふれるデザイナーが誕生し、注目を集めている。Design Soilの生みの親であり、ディレクターを務める同大学の助教、田頭章徳(たがしら・あきのり)に、Design Soil誕生の背景やデザイン教育に対する考えを聞いた。

▲2011年ミラノサローネサテリテ初出展のテーマは「SOUVENIR」。池内宏行による「PROP」は、天板に物を置くなどして加重がかかると、すべての接合部が締まり、より安定性を増すという仕組みの家具。

大学時代に家具デザインの面白さに出会う

田頭は、造船業が盛んな港町、長崎県佐世保市で生まれ育った。父親も造船業に携わり、ものづくりが好きだったことから、自然と自分もものづくりに興味を抱くようになった。地元長崎の高校を卒業し、福岡の九州芸術工科大学(現・九州大学)に入学。90年代当時は家電やクルマが花形で、最初はインダストリアルデザインに憧れをもっていたが、次第に空間・インテリア、そして、家具へと興味の対象が変わっていった。

在学中、特に4年生のときにIDEOを経て同大学の准教授として赴任してきた平井康之の家具やインテリアに関する話に刺激を受けた。その平井の紹介を受けて、当時、福岡に本社に置き、ギャラリーも有していたE&Yでインターンシップを経験。大学院を卒業後、2003年にE&Yに正式に就職した。

▲2012年のテーマは「epilogue/prologue」。岩元航大がデザインした「steps」は、子どもの成長に合わせて使い方を変えながら、永く使い続けられる親子のためのベンチ。

より良い教育とは何かを考える

E&Yでは、特注家具の設計やオンラインショップ業務、営業など、さまざまなことを経験した。「いろいろなことを勉強させていただきました。アイデアの種が生まれるところから、お客さんの手にわたるところまで一連のプロセスを見ることができ、貴重な経験となりました」と田頭は語る。

E&Yを5年間勤めた後、2008年から神戸芸術工科大学大学院助手、2010年に神戸芸術工科大学プロダクトデザイン学科(現・プロダクト・インテリアデザイン学科)助教に着任。以前はデザイナーになりたいという思いを抱いていたが、現在は教職が天職と思うようになった。

「デザインというのは、世界を変えるような大きな力をもっています。自分が何かしら影響を与えることができた学生が10人生まれたら、10倍の力が発揮される。デザインで世界をより良くしていくためには、自分ひとりで頑張るよりも、いい人材をたくさん育てることが一番いい方法なのではないかと思ったのです。そのために、より良い教育とは何かということをいつも考えています」。

▲2013年のテーマは「Lagrangian Point」。中本優美の「CATENA」は、空気の流れに呼応したり、手で触れたり、重力によって多彩な表情を見せてくれるモビール。

Design Soilという活動を始動

神戸芸術工科大学プロダクトデザイン学科に着任した2010年から、自身が受けもつ講義のほかに、Design Soilの活動にディレクターとして携わっている。この活動を立ち上げたきっかけは、ミラノサローネの主催者から本会場内の大学ブース出展に招かれたことだった。そのときは新たに作品を制作する時間の余裕がなかったため、卒業制作から厳選して出品した。ミラノサローネの展示体験後、母校が同じで同僚だった准教授の見明暢(みあけ・のぶ)と、翌年はサローネサテリテに学生を巻き込んで挑戦してみようと考え、デザインプロジェクトとしてDesign Soilを始動させた。

▲2014年のテーマは「Taxonomy of “Free”」。辻本柚圭里の「Minamo」は、きらきらと輝く水面を携えた箱庭のような景色を机上につくり出す。

覚悟をもって飛び込んできてほしい

Design Soilの活動目的は、世界に通用する作品を制作することを通して、優れた人材を育てること。その思いを、「Soil=土壌」という名前に込めた。そのための明快な目標としてミラノでの展示発表を目指している。参加メンバーは、教員の田頭と見明、2年生以上のプロダクト・インテリアデザイン学科を中心とした神戸芸術工科大学の学生の有志が十数名ほど。学生はポートフォリオや作品を提出し、試験を通らなければ参加できない。

選抜式にした理由を、田頭はこう説く。「広く受け入れてしまうと、何だか面白そうと軽い気持ちで来る人もいるのではないかと思い、ハードルを設けました。世界の舞台を目指しているので、本気でチャレンジしたいと思っている人に来てほしいし、覚悟をもって飛び込んできてほしい。真摯な気持ちで取り組む場として、この活動を大切に考えています」。

▲2015年のテーマは「boundary」。池内宏行の「Ripple」は、凸曲面と凹曲面の2つのパーツから成り、それらによって挟まれた紙が曲面になることで強度を持ち、器として機能する。

活動は、週に一回、講義終了後に校内の機材が揃った工房で行う。4月に参加メンバーを集めて、前期の夏頃まで練習課題に取り組む。夏にテーマを与え、皆でディスカッションを行って個々に考えて制作し、練り直しを図りながら昇華させていくというのが1年の大きな流れだ。テーマは、「boundary(ものごとの境界線について考える)」「Geography(空間と人の行為・感覚の関係について考える)」「Taxonomy of “Free”(「自由」について考える)」など。その年ごとに田頭が興味を抱いていることや考えていることを投げかけるという。

▲イメージマッピング。

▲椅子のデザインプレゼンの様子。

Design Soilはミラノサローネサテリテで2011年にデビューを果たし、大きな反響を得た。その後もフオーリサローネも含めて毎年、ミラノで作品を発表し、メディアでの紹介やメーカーからの声がけも多数あり、その活動が欧州内で広く知られるようになった。

▲各自が作品を抱えてミラノへ。航空会社の預入荷物のサイズと重量に収まるように、作品と展示什器、個人の荷物をまとめている。

頭で考えるのではなく、手でつくってみること

田頭は、このDesign Soilの活動でふたつ大事にしていることがある。ひとつは、教員と学生が「教える・教えられる」という関係性ではなく、田頭と見明はサポートに回り、学生間で話し合うことをベースにして互いに刺激し合い、高め合う場をつくることだ。

もうひとつは、最初に頭で考えるのではなく、まず手でつくってみること。

「とりあえず、つくってみなさいとよく言うんです。頭で考えられることは、実は大したことがないと私は思っているんです。特に学生のうちはまだ経験も知識も浅く、頭で考えられることというのは、自分が今まで見たことや知っていることがもとになっているので、インプットした情報以上のものは出てこない。自分がもっている情報量を超えたアイデアを引き出すには、とにかく実際に触ってみる、つくってみる、試してみること。そこからいろいろな気づきが得られて、面白いアイデアにつながると考えています」。

▲2016年のテーマは「Geography」。上田菜央がデザインした「by the window」は、室内に設けられた「窓」として緩やかに空間を区切り、「こちら」と「あちら」の関係に新しい可能性を与える。

学生たちの未来を考える

昨夏、活動10年目を迎え、その記念展として大学内のギャラリー・セレンディップで「little forest -神戸芸術工科大学・デザインソイルの10年-」を開催した。10年を振り返って、田頭はこう語る。

「ようやくここまできたという感じがします。また、岩元くんや大島くんなど、活動に参加した卒業生のなかから芽が出始めてきて嬉しく思います。5年後、10年後には、さらに何人くらいここから羽ばたいていくだろうと期待しています」。

▲2017年のテーマは「GOOD LACK」。本澤直緒は「引き出しの底がなくなったら、タンスはどんなことに使えるだろう?」と考え、引き出せる機能を保ちながら、吊ってしまえる収納家具「PORTER」をデザインした。

一方で、田頭は学生たちの卒業後のことも案じている。「家具デザインの世界では、デザイナーとして企業に就職することも、事務所を興して生計を立てていくことも厳しい状況にあります。セルフプロダクトを自主企画展で発表したり、SNSで発信したりする人もいますが、卒業後、どのようにサバイブしていくかということが今の日本の教育では教えきれていない部分で、課題として感じています。今後、そういったデザイン教育の現場に欠けていて、必要とされていることにも取り組んでいきたいという思いがあります」。

▲2018年「Fantasia」のテーマのもと制作した、田邊莉沙の「sinking man」。ビーズクッションが穴に沈んでいくときの独特な座り心地を発見し、家具に落とし込んだ。

▲同じく2018年「Fantasia」のテーマのもと制作した、福井月子の「Hemming way」。ロールアップしたパンツの裾はポケットとして機能することを発見し、張り地をロールアップできるスツールをデザインした。

ミラノにかぎらず、今後は国内での展示も

田頭をはじめ、武蔵野美術大学の山中一宏といった、独自の考えをもち、想いをもった教育者が近年現れ始め、優れた人材を育て世に送り出し、デザイン界に新風を吹き込んでいる。今後も彼らの動向に注目していきたい。

Design Soilは、コロナ禍の影響により、この2、3年ミラノサローネでの展示ができずにいるが、今後は国内での展示も検討しているとのこと。自社の企画開発で若い才能をお探しの方は、Design Soilの作品をぜひとも見ていただきたい。活動の詳細は、Design Soilのサイトをご覧ください。End


田頭章徳(たがしら・あきのり)/神戸芸術工科大学プロダクト・インテリアデザイン学科助教。1979年長崎県生まれ。九州芸術工科大学大学院修了後、E&Yに入社。2010年より現職。専門は、家具デザイン、展示デザイン。同年学生とともに活動するデザインプロジェクト「Design Soil」を立ち上げる。Design Soilは2011年からミラノサローネに出展し続けるほか、企業と商品開発を手がけるなど、活動の幅を広げている。