SHIBAURA HOUSEとオランダ大使館が仕掛ける、
日本での新たなチャレンジ

▲WDCDファウンダーのリチャード・ファンデルラーケン氏リチャード・ファンデルラーケン氏。今秋には来日し、日本でもイベントを行う予定
Courtesy What Design Can Do

東京・港区に建つ、妹島和世氏によって設計されたガラス張りの空間、SHIBAURA HOUSE。2011年、社屋兼コミュニティスペースとして竣工し、地域に向けたさまざまな文化事業を実践している。

なかでも同じ港区に拠点を置くオランダ王国大使館とは、長きにわたってパートナーとして活動する。主に企画をSHIBAURA HOUSEが担い、資金面やオランダの人的ネットワークの活用を大使館側がサポート。そうした補完関係によって、オランダのユニークな公共政策や文化を日本に紹介する役割を担ってきた。

▲妹島和世氏によって設計された「SHIBAURA HOUSE」 ©︎Forward Stroke

オランダのプラットフォームが示す、社会に向き合うデザインのかたち

いま両者が力を入れているのが、社会課題とデザインをつなげるオランダのプラットフォーム「What Design Can Do(以下、WDCD)」の日本における展開だ。WDCDは2010年、グラフィックデザイナーのリチャード・ファンデルラーケンが中心となって立ち上げた組織で、創設以来、「デザインチャレンジ」と呼ばれる国際的なコンペを継続的に実施している。

特徴的なのは、コンペの募集要項となるテーマのスケール感だ。気候変動や難民問題といったグローバルな課題に対して、「デザイナーとして何ができるのか」を問いかける。そのあまりに大きなテーマ設定は、日本でデザイン教育を受けた者にとって、多少の違和感を伴うものかもしれない。

WDCDでは毎回、デザインチャレンジの募集要項の作成に相当の時間と労力を掛けている。創設当初からパートナーを組む英国のリサーチ会社STBY(スタンバイ)が中心となり、数カ月間を費やして募集要項を準備。前述したようなグローバルなテーマを丹念にリサーチし、デザインの力によって状況を改善できる「余白」を見出したうえで、募集要項として提示するのだ。

昨年のテーマは「ノー・ウェイスト・チャレンジ(No Waste Challenge)」。世界7都市を対象に廃棄物に関する課題をリサーチし、製品が生まれ、消費されるサイクル、つまり「資源の採掘」「生産」「廃棄」に着目。それぞれの段階ごとに、廃棄物をゼロに近づけるためのクリエイティブなアイデアを募集した。

世界から寄せられたアイデアの総数は1,409件。これはデザインチャレンジとしては過去最高の応募数だという。日本ではSHIBAURA HOUSEが東京チームとしてコンペの運営に関わり、参加者を募った。各都市ごとに行われた一次審査を通過したアイデアがグローバルの審査に進み、最終的に16組が受賞者として選出された。

ちなみに日本から応募されたアイデアに対しては、アトリエ・ワン塚本由晴氏をはじめ、オランダ人デザイナーのサンダー・ヴァシング氏、リチャード・ファンデルラーケン氏なども加わり、国際色豊かな議論が交わされた。その結果、サスティナブルなソリューションを社会に拡げていくプランを提案した「Project R」が選ばれた。

「Project R」を含めたすべての受賞者は、活動資金として賞金1万ユーロ(約120万円)を獲得。さらにアムステルダムでの数日間に渡るアクセラレーションプログラムに招待され、アイデアのブラッシュアップを図った。最後のプロセスでは世界の投資家に対してプレゼンを行い、資金集めに繋げる活動にも取り組んだ。

▲「Project R」(ノー・ウェイスト・チャレンジ受賞者:深津康幸、東京)
オランダで開催されたブートキャンプに参加した時の様子
Photo by Leo Veger | Courtesy What Design Can Do

さて、今年度のデザインチャレンジのテーマは「サーキュラーデザイン」。現在、STBYが世界各都市のチームと協働してリサーチを行い、新たな募集要項の作成に向けて動き出している最中だ。募集開始は10月を予定している。

ドーナツエコノミーによる東京のアップデート

上記のデザインチャレンジと並行して、SHIBAURA HOUSEではドーナツエコノミーの考え方を採り入れた、もうひとつのプロジェクト「nl/minato(エヌエル・ミナト)」がスタートする。この枠組み自体は2017年に開始したものだが、今年度は内容と規模を拡張する予定だ。

ドーナツエコノミーとは英国の経済学者、ケイト・ラワース氏が提唱する、人々が生きていくための社会的基盤と地球環境への負荷に配慮しながら、バランスの取れた社会のあり方を志向する概念だ。アムステルダム市が世界に先駆けて都市計画に採用したこと(Amsterdam City Doughnuts)でも知られている。

▲「クロージング・ループ」(ノー・ウェイスト・チャレンジ受賞者:レーナ・ハルトフ、オランダ)
自分が着なくなった洋服を地域で流通させるサービスの提案

まず、SHIBAURA HOUSEでは港区を対象に地域の現状をリサーチする。ステークホルダーにヒアリングを行い、港区による地域政策の達成度を評価。社会的基盤と環境負荷の観点を加味した「シティポートレート」としてまとめていく。

次のステップでは、顕在化させた地域課題を改善するためのアクションプランを策定。アーティストによる地域課題の可視化、デザイナーによるパブリックサービスの提案、さらには地域行政とも協働できる枠組みづくりも視野に入れている。

「nl/minato」は港区だけではなく、他の都市への拡がりを見せている。今年度から兵庫県神戸市の六甲山では「nl/rokko」、福岡県うきは市では「nl/ukiha」としてプロジェクトが立ち上がる。ドーナツエコノミーをはじめとした概念や価値観を共有しながら、地域ごとに新しい社会モデルを提案することが狙いだ。

▲「Reparar.org」(ノー・ウェイスト・チャレンジ受賞者:メリナ・ソシオリ、アルゼンチン)
リペア業者のオンライン上の住所録。物を大切に扱い、無駄な消費をしない文化を促進するためにつくられた

オランダには国全体にイノベーションを後押しするような仕組みや雰囲気ができ上がっている。官民を問わず、より良い社会づくりを目指す先進的な試み、ユニークなアイデアを実践する人々も多く存在する。日本のプロジェクトがそうした人的ネットワークと繋がることで、多くの刺激を受けることができるはずだ。

普段、大使館の活動は、外からは見えにくい存在だろう。基本的に大使館のミッションとして、産業や文化における自国の強みを日本にアピールすることが挙げられる。しかし、オランダ大使館の動きはそのレベルに留まらず、さらに一歩踏み込み、新しい文化や事業を生み出すためのインキュベーターのような役割をも担っている。

WDCDや「nl/minato」といったプロジェクトがこれから日本でどのような化学反応を引き起こしていくのか。その動きにぜひ注目してほしい。(文/伊東 勝、SHIBAURA HOUSE CEO)