普通の書籍が読めない人のための、アクセシビリティのデザイン

去る11月26日、日本デイジーコンソーシアム日本電子出版協会の共催によるオンラインセミナー「普通の書籍が読めない人に読書機会を提供する:EPUB電子書籍のアクセシビリティ」が開催された。「普通の書籍が読めない人」とは、視覚障がい者だけではなく、ディスレクシア(読字障がい)の人も含まれる。

このセミナーには小学館会長で、一般社団法人日本出版インフラセンターのABSC(アクセシブル・ブックス・サポートセンター)準備会の座長も務めている相賀昌宏氏や、ディスレクシアを患う支援技術開発機構研究員なども登壇し、業界団体の意気込みや、ディスレクシアが日常生活に及ぼす影響などが当事者の立場から語られた。SDGsの達成に向けてインクルーシブな社会を実現するには、電子書籍のアクセシビリティの向上も重要課題と考えられるため、ここでは、その概要を紹介しておきたい。

開催団体の日本デイジーコンソーシアムの名称にも含まれるデイジー(DAISY)とは、デジタル・アクセシブル・インフォメーション・システムの略で、印刷物を読めない障がいを持つ人々の情報アクセスを改善するための、技術とファイル形式を意味している。今では、テキストを合成音声で読み上げる技術も存在するものの、ボランティアや声優が読み上げる朗読音声を電子書籍に組み込むには、デイジー規格(最新版はDAISY 3)の録音図書を専用アプリを使って制作(または既存のデジタルファイルから変換)し、再生にも別の専用のリーダーやビューワーアプリを利用する必要があった。

しかし、このように専用のファイルやアプリが必要な状況は、ユニバーサルデザインの観点から好ましくない。現在の電子書籍の標準的なファイル形式はEPUBだが、健常者が利用するこのEPUBファイルに朗読音声ファイルも組み込まれ、一般的なEPUBの閲覧アプリでそれが再生可能になることが望ましいのである。

実際には、EPUBも最新バージョンであるEPUB 3で音声や動画情報の組み込み(メディアオーバーレイ)に対応し、これまでは閲覧アプリが独自にサポートしていた縦書きやルビ表示、JavaScriptによるインタラクティビティも実現している。また、内容の朗読だけでなく、電子書籍自体のアクセシビリティを向上させるために、EPUBアクセシビリティの規格化や、本来はウェブサイトデザインに適用されるWCAG2(ウェブ・コンテント・アクセシビリティ・ガイドライン・2)を電子書籍にも応用する取り組みも進行中だ。

しかし、現状ではふたつの課題がある。ひとつ目はEPUB 3の電子出版物がアクセシブルでないものが多い点だ。アクセシブルなEPUB 3とするには、本文を音声合成で読めるようにする、あるいは朗読音声を付与することが必要となる。さらに、文字サイズの変更や行間の調整を可能にしたり、画像へのaltテキストと呼ばれる説明の追加、ナビゲーションと呼ばれる機能を実現するための対応なども求められる。ふたつ目は、せっかく電子書籍のファイルがアクセシブルなEPUB 3であっても、現状のEPUBリーダーアプリが音声読み上げやナビゲーションなどのアクセシビリティに必須の機能を十分に有していない点だ。

もちろん、朗読音声の追加によって生じるコストや時間的な負担は出版社にとっても大きな負担ではある。しかし、そのような負担がゼロに近いはずの音声合成による読み上げを許可したアクセシブルなEPUBでさえ、出版社から難色を示されている状況だという。したがって、登壇者は、今回のセミナーを通じてアクセシブルな電子書籍の意義をアプリ開発者や出版社に理解してもらい、対応アプリと書籍が増えることを切に願っていた。

一方で、ディスレクシアの登壇者の方々からは、深みのある読書体験のためには朗読音声の付加にとどまらず、ディスレクシアでも読みやすいブックデザインが求められるとの提言もなされた。例えば、横書きで行間に余裕のあるレイアウトが文字の混同を防ぎやすいこと。形の似た文字を区別しやすいフォントデザインや、強調部分をディスレクシアの人には文字として誤認識されやすいアンダーラインではなく文字自体の色を変更すべきであること。そして、内容の理解を深められるように読みたい箇所を繰り返し読みやすくするナビゲーション機能の充実が有効であるなど、当事者でなければわからないポイントも明らかとなった。

少し長くなったが、普段はあまり意識されない部分にもデザイン面で電子書籍を改善する余地がある。ここには書ききれない細かな話も語られたので、興味のある方は、ぜひアーカイブ映像もご覧になっていただきたい。End