山形を拠点に、多彩なプロジェクトに取り組む
プロダクトデザイナーの高橋天央

テープディスペンサー、ヒカルマシナリー(2023)

プロダクトデザイナーの高橋天央(たかはし・あまお)は、2010年にUターンし、故郷の山形を拠点に活動している。スピーカーなどの工業製品をはじめ、文具、靴、バッグと幅広く手がけ、市内のカフェ&ショップanoriを夫婦で運営する。他県と同様に、山形でもグラフィックやウェブデザイナーはたくさんいるが、プロダクトデザイナーの人数も仕事も少ない。そのなかで、どのように企業やメーカーと出会い、取り組んでいるのか。山形のデザイン状況とともに、ものづくりに対する考えを聞いた。

「刀 閃光」三田三昭堂(2018)。日本刀をモチーフにデザインした、三田三昭堂のオリジナル万年筆。胸ポケットに挿したときの佇まいが際立つ

パントンチェアへの興味からデンマークへ

高校のときにファッションが好きになったことがきっかけで、デザインという言葉に漠然と興味を持った。2000年に宮城大学に入学し、空間デザインコースを専攻。建築設計を学んだが、建築よりも、そこから派生するインテリアや家具に面白さを感じた。

在学中、バックパックで2度にわたってほぼイタリア全土を旅行し、街並みや走るクルマ、標識ひとつとっても美しく、デザインが自然に溶け込んでいる日常の風景に感銘を受けた。また、ゼミの講師室に置かれていたパントンチェアに目を奪われ、ヴェルナー・パントンの生まれたデンマークを見てみたいと思い、卒業後に留学を決めた。

スマートフォンケース(2017)。クラウドソーシングで結びついたプロジェクトで、SNSの動画撮影用に壁付けできるスマートフォンケースを企画会社と開発

デンマークでは、クラベスホルム・フォルケホイスコーレという教育機関で1年間学んだ。食器や家具などのプロダクトデザインに初めて触れ、ホテルの内装といったインテリアデザインにも取り組んだ。毎日が楽しく、夜中までかかって課題の模型づくりに熱中することも。このときにデザインのなかで自分が好きなのは、プロダクトだと実感した。

2006年に帰国し、大手メーカーの家電やスポーツ、アウトドア用品などのOEMを行う大阪のデザイン会社に就職。そこでデザインの仕事を一から教わり、プロダクトデザインの世界にますます引き込まれていった。だが、携帯電話は年4回のモデルチェンジを行うなど、開発サイクルの速い量産品をたくさん手がけるうちに、次第にガソリン切れを起こしたような状態に。子どもが産まれたタイミングで、一度、仕切り直そうと考え、2010年に山形にUターンを決めた。

山形市あこや町にある、カフェ&ショップanori。バッグをはじめ、北欧の食器やカードケースなどを販売している

工場から出るハギレでバッグをつくる

山形に戻り、国内外の有名家具ブランドのOEM生産を手がけるメーカーに転職。あるとき工場で出るハギレを見て、それを使って何かつくれたら面白いのではと考えた。椅子やソファの生地は、丈夫で耐久性があり、材質もいい。ハギレを組み合わせたバッグをつくる企画を会社に提案し、試作品をつくってパリで開かれるインテリア関連の見本市「メゾン・エ・オブジェ」に出品したところ、大きな反響を得た。

2012年に独立を決めた際に、バッグの事業を引き取らせてもらえることになった。山形市内にデザイン事務所兼カフェ&ショップanoriを構え、このバッグをはじめ、自身がデザインした物や興味を持った物などを販売し、夫婦で切り盛りしている。理想とする店は、アップルに在籍していた西堀晋が京都に開いたカフェ「efish」だ。「大学生のときに妻と一緒に見に行って、自分が手がけた物などを販売する、こんな店を将来、2人で持てたらと話していたんです」と髙橋は語る。

家具製造会社の余材を使ったバッグの商品展開を、ライフワークとして創業時から続けている。ネットからも購入できる

anoriの看板商品でもあるバッグは、10年以上経った現在も販売し、製作は地元の職人に依頼している。「山形で出たハギレを、山形で製作し販売して、山形の人が使うという、小さなサイクルですけれど、捨てられるものに命をまた吹き込むというのは、意味のあることかなと思って続けています」と、高橋は話す。

実は事務所を開設した当初、このバッグの事業しかなく、「プロダクトデザインの仕事は、ほかにはできないかもしれない」と思っていたという。山形には、プロダクトをメインに携わるデザイナーは、カーデザインで知られる奥山清行と、高橋のふたりくらいで、デザインの仕事もその需要も少ない。そこで企業との出会いをつなぐクラウドソーシングや、山形県工業技術センターが運営する、山形県内の企業とデザイナーを結ぶ「オンライン“デザ縁”」なども積極的に活用している。

「SOJI(ソジ)」ヒロセ(2018)。北海道の良質な子牛の革を使用し、クリエイターと東北大学と共同開発したビジネスカジュアルシューズ

再び、プロダクトデザインの仕事に取り組む

その後、人の紹介を通じて、他県のプロジェクトにも携わった。宮城県の老舗靴卸会社ヒロセのオリジナルシューズブランド「SOJI(ソジ)」を、東北を拠点に活動するクリエイターらと協働で開発。群馬県の老舗文具店、三田三昭堂とは、オリジナル万年筆「刀 閃光」を生み出した。いずれも卸業やOEM生産の会社だが、将来を見据えてアイデアや技術力を結集し、世界に誇れる独自の製品を開発したいという、社長の強い思いから始まったものだった。

転機となったのは、山形にある東北パイオニアのプロジェクトだった。車載用スピーカーの開発にあたり、外部のデザイナーを探していたなかで髙橋の仕事を知り、声をかけてくれたという。大阪のデザイン会社に勤めていたとき以来、工業製品の仕事に再び携わることになった思いをこう話す。「プロジェクトを始めてすぐに、自分の強みや特性を発揮できるフィールドに帰ったような、自分を取り戻したような気持ちになりました」。同社との仕事は、現在も継続している。

東北パイオニアの車載用スピーカー(2022)。車種に合わせてさまざまなタイプを開発している

プロジェクトを進めるうえで、重要なのは「人」と髙橋は考える。「デザインというのは、特別な何かではなく、僕は人そのものだと思っています。プロジェクトで一番大切なのは、社長が何をやりたいかという思い。ですから、最初にたくさん話をします。その人がどういうものが好きで、どういう世界を思い描いているのか、それが見つかるまでとことん話をして、その中から光るものをすくい取って形にしていく。それがデザイナーの役割だと考えています」。

他県と比べて、会社の社長の思いからプロジェクトが立ち上がるケースは、山形ではまだ少ない。下請け製造会社が多く、自分たちで企画を考えることに慣れていないことや、デザイナーの役割もあまり理解されていない状況があるという。

「TSUMIKI Pen Stand」ヒカルマシナリー(2021)。鉄(黒染)、真鍮、ステンレス、銅の4種の金属をシンプルな形で、素材に触れて楽しめる積み木のような構成を考えた

デザイナーは、町医者のような存在

山形の金属加工会社ヒカルマシナリーとのプロジェクトは、社長の子息、會田悠城と郁三の若い世代の企画から始まった。2020年に地元で起きた豪雨によって被災した人々を支援するためのチャリティグッズをつくるというもの。話し合いを重ねるなかから、彼らの「金属の美しさを見せたい」という言葉が髙橋の心に響き、開発したのが「TSUMIKI Pen Stand」だ。冒頭の画像のテープディスペンサーは、髙橋自身が以前から欲しいと思っていたアイテムで、何社も回って技術的に難しいと断られたが、同社に企画提案して実現したそうだ。

毎回、ともに悩み、話し合いながら、最適な答えを導き出す。「デザイナーは、会社や人に寄り添う、町医者のような存在だなと思うことがあります。プロダクトデザイナーは手がける範囲が広く大変ですが、毎回、いろいろな学びや気づきに出会えるので面白いです」。

生まれ育った山形の地で、今、好きなプロダクトデザインの仕事ができる幸せを日々、感じているという。そう語る髙橋がつくる物からは、どれも自分自身が心底、楽しんで取り組んでいる思いが伝わってくる。山形で、東北地方で、そして、世界へと、髙橋の仕事がさらに広がっていくことを願う。End

anoriを運営する高橋天央さんと妻の亜津子さん。Photo by Yoko Inoue

高橋天央(たかはし・あまお)/プロダクトデザイナー。1981年山形県生まれ。2004年宮城大学事業構想学部デザイン情報学科空間デザインコース卒業。2005年デンマークのKrabbesholm Hojscholeプロダクトデザインコース修了。2006年帰国後、大阪のデザイン会社にデザイナーとして従事。2010年に山形にUターンし、家具メーカーに勤務。2013年にカフェ&ショップanoriを立ち上げ、現在に至る。プロダクトデザインをメインに、ロゴデザインからウェブデザインまで幅広く活動。