UAEシャルジャ建築展から学ぶ(前編)
既存の建築物で見せるオルタナティブな豊かさ

建築事務所リンボ・アクラ「スーパー・リンボ」。

アラブ首長国連邦(UAE)の首長国のひとつ、シャルジャで、第2回シャルジャ建築トリエンナーレ(SAT)「無常の美:適応する建築」が開催された(2023年11月11日〜2024年3月10日)。キュレーターを務めたナイジェリア人建築家トシン・オシノウォは、グローバル・サウスの視点から気候変動に関する課題提起を行った。インフラや資源が不足する環境から生み出される建築とは何か。建築展会長のフール・アル・カシミおよびオシノウォの言葉とともに建築展のハイライトを紹介する。

シャルジャの地域性が生かされた建築展

シャルジャは、アラブ首長国連邦(UAE)の首長国のひとつである。世界最大のブックフェア、シャルジャ国際ブックフェアや、シャルジャ・ビエンナーレの開催地でもあり、アラブの文化都市として知られる。同ビエンナーレのグローバル化に貢献した立役者は、同国の首長の娘であるフール・アル・カシミ。英国で芸術を学び、2009年にシャルジャ芸術財団を立ち上げた。その後、都市計画と建築に重点をおいたシャルジャ建築トリエンナーレ(SAT)を2019年に初開催した。

フール・アル・カシミ/シャルジャ美術財団理事長兼ディレクター、シャルジャ建築トリエンナーレ会長兼ディレクター、アフリカ・インスティテュート会長、国際ビエンナーレ協会(IBA)会長。国際巡回展、レジデンス・プログラム、制作助成、舞台や映画祭、建築物の調査や保存、教育プログラムなど財団の活動領域の多角化と国際化に貢献。2003年のシャルジャ・ビエンナーレ以来、同展覧会のディレクターを務め、23年開催の会期15回目のキュレーターに就任。MoMA PS1(ニューヨーク)やユーレンス現代美術センター(北京)などのボードメンバーを歴任。同年「あいち2025」の芸術監督に就任。

2回目となる今回のSATの会場は、6つのロケーションに点在する。5つは中心部に近く、ひとつは中心部から車で約1時間半の距離、砂漠地域のアル・マダムにある。建築展だけでなく、シャルジャという場所を見て回るということもSATの重要な要素なのだ。

今回の建築展の特徴は、既存の建造物の活用である。「古い建物を見つけては、解体させないように守ってきました」とアル・カシミ。例えば旧野菜市場もそのひとつ。屋根で覆われた商店街のような場所は、カーブした通路の両脇が店舗になっている。現在は財団が保有し、アートの展示会場などとして活用している。SATはグローバルな建築展であると同時に、地域の人々に寄り添ったものになるように意識しているといい、「毎週楽しみに少しずつ見に来る人もいる」とアル・カシミは話す。

希少性と制約の文脈がもたらす持続可能性

キュレーションを務めたナイジェリア出身の建築家トシン・オシノウォは、ロンドンで建築と都市計画を学んだのち母国に戻り、2013年に首都のラゴスを拠点とする建築事務所オシノウォ・デザインを立ち上げた。

トシン・オシノウォ/建築家、デザイナー、2024 年シャルジャ建築トリエンナーレキュレーター、家具ブランド「Ilé Ilà」創業者。13年にオシノウォ・スタジオ(旧CmDesign Atelier)を創設し、ナイジェリアで商業施設や住居プロジェクトを手がける。代表作は、UNDPと連携したボコ・ハラムから逃れて避難生活を送る人々のためにナイジェリア北部に設計したコミュニティ、ラゴスのメリーランド・モールやアディダス旗艦店など。20年、デザイン・マイアミのためにレクサスと連携し、19年にはラゴス・ビエンナーレの共同キュレーターを務めた。

「私の仕事の多くがナイジェリアの現場で10年間向き合ってきた”希少性”から導き出されるデザインであり、その結果としてイノベーションとレジリエンスを生み出しています」とオシノウォは言う。ラゴスのような新興都市においても大量消費型の便利なライフスタイルが浸透しつつあるが、電気の供給が不安定で、資材も簡単には手に入らない。「私たちもまた近代化した暮らしを営み、力強く成長しています。しかしながら不足や制約も普通のこと。停電が起きたら欧米では非常事態ですが、私たちにとっては平常事態です。気候変動への影響を考えると、便利さを当たり前とはしないグローバル・サウスからの学びが、そこには必ずあるはずです」とオシノウォ。

「無常の美:適応の建築」と題された今回の展覧会開催にあたっての声明文では、「再生された文脈性(renewed contextual)」「採取主義(extraction politics)」「無形の存在(intangible body)」という3つの柱が掲げられた。再生された文脈性とは、建築が存在する地域の風土や地域資源を活用したリサイクルやアップサイクルの手法を指す。採取主義とは、過剰な消費と大量の廃棄物を生み出す経済発展のあり方に対する批判的な見方である。そして無形の存在とは、自然との精神的なつながりを示すものであり、祈り、創造性、希望に関連した楽観的な未来へのメッセージだ。

グローバルサウスのインフラを見直す

29の展示プロジェクトのなかから、いくつかのハイライトを紹介する。まず、シャルジャの既存建築をもっともダイナミックな形で活用したインスタレーションが、ガーナのアクラに拠点を置く建築事務所リンボ・アクラが手がけた「スーパー・リンボ」。その会場は施工途中の状態にあるシャルジャ・モールである。プロジェクトオーナーが亡くなった後、出来上がった骨格だけが放置されている約65,000平米のショッピングモールに、生成色の幅広いリボンをチェッカー状に編み込んだ印象的な布のドレープが、モール入り口の吹き抜け空間に流れるように垂れ下がっている。

建築事務所リンボ・アクラ「スーパー・リンボ」。

これはコートジボワールのファッションブランド、スーパー・ヤヤのデザイナー、リム・ベイドゥンと建築家のアン=リズ・アゴッサがデザインした布で、剥き出しのコンクリート空間に有機的な対話をもたらす。ガラス張りの天井から差し込む光が、教会のような神秘的な空間をつくり出しているようにも見えた。さまざまな理由で竣工せず、シャルジャ・モールのように放置されている建築物は、グローバル資本主義の一部に組み込まれて開発が進むアフリカ各都市にも存在している。開発と産業化を進め、自国の経済を成長させ、グローバル市場における競争力を高め、そしてさらに開発を進める。グローバルサウスもまた、先進国の辿った道筋を歩み、地球環境と生命の健康を破壊してしまうのか。それとも、地域資源や知恵を活用したオルタナティブな豊かさと営みを継続させるのか。リンボ・アクラは、こうした建物にインスタレーションを展開することで、採取主義にスポットライトを当てるとともに、“停滞”の象徴から“可能性”のナラティブを示そうとしている。

オラレカン・ジェイフースの「SHJ 1X72-1X89」

旧野菜市場の展示会場で訪問客を迎え入れるのは、アフロフューチャリスト的なビジュアル作品で知られるオラレカン・ジェイフースの「SHJ 1X72-1X89」。シェイク・スルターン・ビン・ムハンマド・アル・カシミが首長として即位し、首長国の開発が本格化した1972年。同年に油田が発見され、石油ブームで開発が進んだ。ジェイフースはその時代に遡り、3Dプリンターのロボット模型と生成AIを使った画像パネルや映像によって、観光、海外投資、建設ラッシュとは一線を画するフィクショナルな開発計画を再構築した。例えば、イスラム教の1日5回の礼拝の時間をスピーカーに代わって知らせるドローンロボットや、礼拝前に身を清めるためのモバイル蛇口ロボット、現地で食されているデーツの公共ディスペンサーの模型など。イスラムの暮らしとコミュニティに寄り添った都市インフラのアイディアで、オルタナティブなシャルジャの姿を提示した。End