市民に開かれた鳥取県立美術館、
槇事務所+竹中工務店設計(前編)

鳥取県立美術館外観。

鳥取県の中央に位置する倉吉市に、鳥取県立博物館から美術部門を独立させるかたちで「鳥取県立美術館」が2025年3月30日に開館した。

館長は鳥取県出身で元鳥取県立博物館館長の尾﨑信一郎が就任。2015年より10年にわたって県立美術館の立ち上げに向け、準備してきた。「OPENNESS!」という同館の理念には、「さまざまな価値観に対して開かれ、新しい価値をつくり出すことを恐れない美術館の精神が込められている」と尾﨑はいう。誰にでも開かれた公共空間として、ワークショップや鑑賞教室をとおしてアートを身近に感じて楽しむことを目指す「A.L.L.アート・ラーニング・ラボ」を設けるなど、市民に向けた学びの機会も積極的に提供していく。

歴史ある場を市民の憩いの空間に

同館の設計は、これまで国内外で多くの美術館の設計を担った槇総合計画事務所(以下、槇事務所)と、竹中工務店が担当。倉吉パークスクエアという図書館やコンサートホールといった複合文化施設に隣接し、美術館の目の前には芝生広場として手入れされた史跡大御堂廃寺跡歴史公園が広がっている。広間と縁側という日本の伝統的な建築文化を参照しながら、訪れる人々が居心地よく過ごせる空間をつくり出している。

ひろま。天井には鳥取砂丘の風紋や倉吉の伝統工芸「倉吉絣」をイメージした木格子を設えている。

最も特徴的なのは「ひろま」と呼ばれる、3階までの吹き抜け空間だ。自然光が差し込む、明るく開放的な空間で、入館料を払わずとも、誰もが自由に過ごすことができる。ホワイエやラウンジ、講演会場など様々な機能も果たし、展覧会と連携したシンポジウムやワークショップ、そのほか市民同士が交流できるイベントなどが開かれる予定だ。

東側エントランス。館内はガラスで覆われ、自然光に包まれた空間が広がる。来館者が思い思いに過ごせるよう、さまざまな椅子があちこちに設置されている。中には槇事務所が同館のために設計したオリジナルの椅子もある。

展望テラスでは、倉吉の自然豊かな街並みを眺めることができる。

開館記念で行われたシンポジウム「美術館建築について」で、槇事務所の松田浩幸は「倉吉という地域性や文化、風土を受け継ぎ、長きにわたって愛される美術館として設計しました。そのような美術館の姿と、歴史や文化といった、まちの記憶を継承し、このまちの豊かな自然と一体となった文化ネットワークをつくり出すことを目指しています」と語った。

コレクションの骨格を「リアル」に紐解く

オープニングの企画展として、江戸絵画に始まり国内外の現代美術を紹介する「アート・オブ・ザ・リアル 時代を越える美術―若冲からウォーホル、リヒターへー」が6月15日まで開催され、来場者5万人を超えた。開館に合わせ、ポップアートの名品、アンディ・ウォーホル「ブリロ・ボックス」を収蔵したことは話題になった。同館がカバーする広い範囲の美術を「リアル」というキーワードで紐解き、コレクションの骨格を伝えるという意欲的な展覧会だった。

開館に合わせて収蔵した、アンディ・ウォーホル「ブリロ・ボックス」。国内の美術館が持つ、数々のウォーホル作品とともに展示された。

ゲルハルト・リヒターやドナルド・ジャッドなど、国内外の著名な作家の作品が並んだ。広い時代を網羅した見どころの多い展示となった。

今後の企画展として、7月19日からは鳥取県出身の漫画家 水木しげるの展覧会「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展〜お化けたちはこうして生まれた〜」、10月11日からは2023年に収蔵された伊藤若冲の「花鳥魚図押絵貼屏風」を初公開する「The 花鳥画―日本美術といきものたち―」が行われる。また、2026年2月7日からは新進気鋭のアーティストを招聘する「CONNEXIONS|コネクションズ ―接続するアーティストたちー」が予定される。

自然豊かで歴史や文化の息づく街、鳥取・倉吉に新たに誕生した鳥取県立美術館。続く後編では、鳥取の工芸文化に注目し、この地で活動する木工職人3名を紹介する。(文/AXIS 荒木瑠里香)End