目黒区美術館
「包むーー日本の伝統パッケージ」展、レポート

グラフィックデザイナーの岡 秀行氏(1905-1995)が日本各地から集めた「伝統パッケージ」の数々を紹介する展覧会が目黒区美術館で開かれている。

▲会場風景 Photos by Reiko Imamura

日本人の生活の知恵や自然観を伝えるものとして、岡氏が再発見し、収集・リストアップしてきた「伝統パッケージ」は、米俵や酒樽といった食品・菓子・酒類の包装や容器など約500点近くに上る。

▲澤之鶴[兵庫県/沢の鶴株式会社]酒

それらは1965年に写真集『日本の伝統パッケージ』(美術出版社)としてまとめられ、75年以降は「包む“TSUTSUMU”」展としてニューヨークをはじめ世界各地を巡回。その後、88年に目黒区美術館で展覧会を開催した際、同美術館が展示品を岡氏から譲り受け、コレクションとして保管してきた。本展は、その内容を20年ぶりに紹介すると同時に、岡氏が「伝統パッケージ」と名付けて世に問うてきた日本人の美意識や心を今改めて考えるという主旨だ。

▲写真左=たちばなのあゆ[東京都/たちばな]菓子、写真右=福男[岡山県/清月]菓子

「伝統パッケージ」の見どころはなんといっても素材。食品に直接触れるところには釘などの金属が使えないため、木や竹、藁、紙、土など、身近にある自然素材が用いられる。「それぞれのマテリアルの持味を的確にとらえ、それをできる限り損なわないようにしている」(岡 秀行『日本の伝統パッケージ』より)。素材ごとに展示される個性的なパッケージの数々は、優れた機能性と想像力あふれる意匠を備えている。

▲卵つと[山形県/制作者:石川清治]食品

例えば、押し寿司や漬け物に使う桶状の容器は、接合部に仕口を施したり、木のツルや麻ひもなどで縛るなど“包み方”も多種多様。圧縮による酸化の防止、密封による発酵の促進、保存や収納性、運搬性といったいくつもの働きが認められる。米俵や炭俵、卵や魚を保管する「卵つと」や「魚つと」は藁で包むことでそれが緩衝材となって繊細な中身を保護すると同時に、屋内に吊るしたり、屋外に重ねておくことでそれ自体が“見せる収納”となる。

▲一人娘いなほ[茨城県]酒

また包むという行為にはコミュニケーションの役割もある。のしをつけ、水引を引けば冠婚葬祭の進物となる。中身が小さくとも和紙を幾重にも巻き、大きく膨らませて見栄を張る。それによって祝いの場がいっそう華やぐ。稲穂で包んだ酒瓶は、田園風景の豊かな実りをイメージさせ、商品のブランディングにもつながるだろう。

▲きゃらぶき・芽山椒[長野県]食品

もう1つ忘れてはならないのは、驚きや余韻といった要素だ。くりぬいた白樺の幹に入ったきゃらぶきは、食べ終わった後も容器として使うことができ、その味や香りを記憶として止めてくれるだろう。また、駒下駄や羽子板をかたどり、表面にかわいらしい千代紙を貼った菓子箱は、子供たちに食べる楽しみと同時に遊ぶ楽しみも与えるに違いない。

▲江戸菓子 駒下駄/江戸菓子 羽子板。ともに[東京都/評判堂]

木の皮を巻き、その上からギュギュッと木のツルで縛る。日本人はモノを包むと同時に、心を結ぶ。受け取った人はその心を開く。効率重視のスピード社会や大量生産から離れられない現代流エコロジーが知らず知らずのうちに切り離しているものは、人と人、人と自然とのあいだで交わされてきた目に見えない心のやりとりなのかもしれない。(文・写真/今村玲子)


「包むーー日本の伝統パッケージ」展
会 期:2011年2月10日(木)〜5月22日(日)
休館日:月曜休館(ただし、5月2日は開館)
会 場:目黒区美術館
問い合わせ:TEL 03-3714-1201

*鑑賞券プレゼント この鑑賞券を10組20名様にプレゼントいたします。ご希望の方は、タイトルを「包む展プレゼント」と明記のうえ、氏名(フリガナ)、住所、所属名(会社・学校等)とともに、axismag@axisinc.co.jpまでお申し込みください。なお、発送をもって抽選と変えさせていただきます。




今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。『AXIS』のほか『リアル・デザイン』『ブラン』(えい出版社)などをメインに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。