第5回
「CPSが浸透したときの社会」

Photo:Denmark Media Center / Photographer Ole Hein Pedersen

CPS(サイバー・フィジカル・システム、日本ではIT融合とも紹介)が実際に広範な領域で導入されると、どんな社会になるのであろうか? CPSが導入された社会はまだ到来していないので、正確に予測するのはどんな専門家にも難しいだろう。インターネットの前身であるARPANETが登場したときに、現在のネット社会を想像するようなものだ。しかし、人間とコンピュータのインターフェースという視点で捉えてみると、ある程度これから起こる社会を想像することができる。

技術は大学や研究機関で開発されたばかりの黎明期から、社会に導入されつつある段階、そして広く普及した段階と大まかに分けることができる。例えば、音声認識や手書き認識はスマートフォンでも利用されているように実用段階にある。一方仮想現実やウェアラブルコンピュータなどは、基礎技術そのものは開発済みであるが、実際に製品として応用されるためには、改善すべき課題も残されている。これらのものはときどきメディアで紹介されるものの、人々にとってはまだ身近ではない技術ということになる。そして、黎明期の技術は一部の専門家で共有されているレベルであり、近未来の技術である。

黎明期の技術で、将来私たちの生活を根底から変える可能性があるものとして、BMI(ブレイン・マシン・インタフェース:脳波・コンピュータ・インタフェース)がある。例えば、トヨタはすでに考えただけで(脳波で)電動車椅子をリアルタイム制御するシステムを開発済みであるし、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)や島津製作所、慶應義塾大学、NTT、積水ハウスはネットワーク型BMIを将来の介護サービスに活かすために実証実験を行っている。そして、BMI技術で注目するべきものとして、デコーディッド・ニューロ・フィードバック(DecNef)法がある。一言でいうとマトリックスの世界が現実になり得る技術である。つまり、将来イチロー選手の脳波をダウンロードすることにより、誰でも一流のバッターになれる可能性が出てきということだ。

さて、こうしたDecNef法が導入されたCPS社会が現実になったとき、私たちを含めて一般の人々はどのように反応するであろうか? 恐らくデジタルネイティブや先進ユーザーはどんどんマトリックス化されていくだろうし、機械に支配されることを拒否し主体的に技術を活用しながら自然と共生を目指すという2つの流れが出てくると思う。ところがこうした層は、ある意味ライフスタイルが確立されており、自己を制御することができるという意味ではそれ程問題ではないのかもしれない。いちばん影響を受けるのは、新しい技術に何とか追いつこうとしてストレスを感じながら自己喪失する人々であり、将来そうした人々が圧倒的に増える可能性があることだ。技術と自然、そしてライフスタイルの調和が重要であるが、そのための教育、方法論は確立されていない。筆者が考えるにデンマークにはCPS社会になっても技術と自然のバランスを保ちながら理想的な社会システムを築くことができる数少ない国であると思われる。(文/中島健祐、デンマーク大使館 投資部門 部門長)

中島健祐/通信会社、コンサルティング会社を経てデンマーク大使館インベスト・イン・デンマークに参画。従来までのビジネスマッチングを中心とした投資支援から、プロジェクトベースによるコンサルティング支援、特にイノベーションを軸にした顧客の事業戦略、成長戦略、市場参入戦略等を支援する活動を展開している。デンマーク大使館のホームページはこちら