第11回
「共生デザインの具体例」

Photo by Denmark Media Center/ Kim Wyon

デンマークでは共生型社会システムを構築するためにさまざまなプロジェクトが展開されている。そのなかで共生デザインに関係する事例を紹介してみたい。第9回でスマートシティについて取り上げたが、デンマークでは人間中心主義によるソリューション開発が加速している。コペンハーゲンを訪れた方が目にするものとして有名なのが自転車だ。コペンハーゲンでは10km圏内は通勤通学の約半数が自転車を利用すると言われている。現在は自転車専用ハイウェイ(つまり自転車の高速道路)が完成し、20km先から自転車で通うことが可能となっている(これは日本でいうと東京駅を起点にした場合、川崎・吉祥寺・浦和・松戸・船橋までが“自転車通勤圏”になる距離)。

コペンハーゲンの交通渋滞

当然自転車の利用者が増えると、自動車と自転車の複合渋滞も発生し、行政にとって課題となっていた。そこでコペンハーゲン市として取り組んでいるのがITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)だ。日本はご存知のとおり、ETCやプローブ交通情報を活用したナビゲーションなど世界的にも進んだシステムを展開している。私が所属するデンマーク外務省の投資部では日本の大手ICT企業にコペンハーゲン市でのITS実証実験への参画を要請したが、課題として挙げられたのがやはり自転車だ。自動車だけであれば、自動車の交通情報と信号システムを連携させることで精度の高い渋滞予測システムを構築することができる。ところがそこに自転車が加わると途端に難易度が上がる。自転車にセンサーを組み込み、自動車より遥かに動きが柔軟で予測し難い自転車の動きを解析して、全体最適の交通システムを設計するのは簡単ではない。正しく自転車大国であり、人間中心のコペンハーゲンならではの課題だろう。現在はCITS(Copenhagen Intelligent Traffic Solutions)プロジェクトが開始されており、デザイン手法を戦略的に活用したビッグデータやクラウドシステムが展開されている。

コペンハーゲンの自転車ITSプロジェクト

デンマークはヘルスケア領域で世界的にも先進的なシステムを運用しているので、共生デザインの事例には事欠かない。有名なものとして、医療ポータルのsunhed.dkがある。ここでのポイントは単なる画面上のウエブデザインではなく、理念、システム設計、ユーザー・インタフェースのすべてに共生デザインの発想が組み込まれていることだ。

医療ポータル sunhed.dk

sunhed.dkを利用する医療従事者、患者や市民、サービスを提供する行政機関の利害関係者すべてが利益を享受できる仕組みになっている。デンマークの医療はまずGP(総合診療医)により提供される。病状に応じGPが紹介状を書くことで病院医療を受けることができる。病院の医師は、GPから紹介を受けるとsunhed.dkにアクセスして、患者の病院履歴、処方箋情報、投薬履歴、各種検査結果に関する情報を過去に遡って入手することができる。そのため、無駄な検査を行うことなく迅速に治療行為に入ることが可能となる。日本のように通院初日は1日がかりでCTやレントゲンなどの全身検査を行う必要がないため、患者にとっても負担軽減になる。また、行政は効率化により財政支出が削減されるので、その分を高度医療など新しい医療サービスの開発に振り向けることができる。さらに重要なことは、医療従事者に対する患者や市民の交渉力や発言力を高める狙いが含まれていることだ。デンマークでも医者と患者の立場は対等ではなく、医者が優位であった。そこにICTを利用することで情報格差をなくし、患者、市民に権利を与える(empowerment)と政府自らがコミットしているのは驚きだ。

Novo Nordisk NovoPen

また、医療技術ではノボノルディスク社が開発した、インシュリンの投薬キットNovoPenが有名だ。薬と注射器を融合し、ペンのように持ち運びができるようにしたことで、患者の日常生活における行動範囲が広がり、医療機関にとってはその分通院患者が減るので、業務が効率化できるという。これも共生デザインの典型的な事例だ。つまり、デンマークの共生デザインはデザインが製品のブランディングや機能美に閉じておらず、製品を扱う利害関係者すべてに影響を与えながら恩恵を共有できるホリスティックなアプローチを取っているのだ。

デンマークで活躍が期待される日本のロボット

そして、新しい領域である介護ロボットだ。現在デンマークでは複数の日本製ロボットが実証実験を行うか、あるいはその準備を進めている。デンマークの高齢化率は17%で日本の24%よりも低い。しかし、人口550万人の国で公務員約80万人のうち約4分の1が今後10年以内に退職すると予測されており、高齢化に伴う労働者不足は深刻な社会問題になっている。その解決手段としてロボットが注目されている。日本はロボット研究を40年以上行ってきた実績があるとともに、国内でも介護ロボットの開発支援を行う仕組みが整っており、世界の中でこの領域のトップランナーだと言える。課題があるとすれば、先進テクノロジーを如何に自然なかたちで社会の中に組み込み普及させるかだ。確かに介護ロボットで高齢者や障害者の自立性が実現し、介護従事者が労働負荷を軽減できることは素晴らしいことである。一方、ユーザーの視点に立ったデザインや生活習慣を考慮したユーザー・インタフェースが確立されているかといえばまだ不十分だ。従ってデザイン先進国のデンマーク製品と日本のロボット技術を共生デザインの観点で融合するアプローチが有効なのではないかと考えている。

日本のロボット技術とデンマークデザインが融合した共生ソリューション

例えば、将来の高齢化に備えて車椅子の機能を兼ねた家具の購入を検討している消費者がいたとする。恐らく日本のロボットは技術や機能面では魅力的だろうが、介護ロボットのままでリビングに置きたいと思うユーザーは少ないだろう。そこで、中身は日本のロボットだが、外見はフィン・ユールの椅子のように木製のパーツを利用し、健常時はデザイン家具として利用する。将来介護機能が必要になったときには、ロボット機能をパッケージのように後付けする機構にすれば、恐らくまず富裕層が飛びついて買うのではないかと想像している。つまり、普段は美しいインテリアとしてのデザイン家具だが、介護機能が必要になった場合はその美しいデザインを活かしながら福祉機器に変更できるという仕組みである。こうした連携は最近始めたこともあり、まだ具体的なプロジェクトは少ないが、デンマークのデザイナーに説明すると、皆目を輝かせて賛同してくれる。恐らく10年後にはそうした製品がデンマークから世界に展開されるのではないかと期待している。(文/中島健祐、デンマーク大使館 投資部門 部門長)

中島健祐/通信会社、コンサルティング会社を経てデンマーク大使館インベスト・イン・デンマークに参画。従来までのビジネスマッチングを中心とした投資支援から、プロジェクトベースによるコンサルティング支援、特にイノベーションを軸にした顧客の事業戦略、成長戦略、市場参入戦略等を支援する活動を展開している。デンマーク大使館のホームページはこちら

6月18日(水)〜20日(金)に東京国際展示場で開催の「スマートコミュニティ JAPAN 2014」にて「スマートシティ先進国デンマークの取組~北欧型産官学連携の仕組みとデザインの戦略的活用について~」と題するを講演を予定しています。詳しくはこちらまで。