生きているミュージアム
「NIFREL」がオープン2 映像インスタレーション
「ワンダーモーメンツ」

前編で紹介した「ニフレル」の概要に引き続き、後編では常設の映像インスタレーション「WONDER MOMENTS(ワンダーモーメンツ)」を紹介する。ニフレルのコンセプト「感性にふれる」を、来場者が映像のシャワーを浴びるように体験できるゾーンだ。

「WONDER MOMENTS」は1階と2階をつなぐ吹き抜けホールに常設展示されている。暗い空間に直径5mの球体が浮かび、足元には直径8mの円形スクリーンが広がる。神秘的な音楽に誘われるように進むと、そこはダイナミックな光と音の世界だ。

映像プログラムは、全16シーン(約10分)から構成されている。水の振る舞い(動き)を描写した「WATER」に始まり、オーロラや木漏れ日など自然をモチーフにした14シーンがランダムに流れるインタラクティブ映像「SENSE OF NATURE」、点と線と面による幾何学がやがて光の都市や有機的な銀河をつくり出す「UNIVERSE」へと続き、ラストは色鮮やかな地球の映像が浮かび上がる。

▲ 映像プログラムは「WATER」(約2分)から始まる。透明な球体の中に流体の振る舞いをシミュレーションし、質感を与えて描写する

▲ 映像プログラムを締めくくる「UNIVERSE」。デジタルとアナログの世界観が融合して有機的に動き、やがて光の都市から銀河が立ち上がる


■観客が思い描く余白を重視

中盤の「SENSE OF NATURE」では、鑑賞者が床のスクリーンに足を踏み入れると、その動きに合わせて花が咲き、蝶や夜光虫が集まってくるといったインタラクティブな仕掛けがある。しかし気づかない人がいるくらいの自然な表現だ。作品制作を手がけたアーティストの松尾高弘氏は説明する。「同じ場所で鑑賞しても、いつの間にか次から次へとシーンが転換し、インタラクションも自然に変化していくようにしています。インスピレーションって瞬間的に感情に訴えかけるもの。そういう感覚を大切にしたいので、『WONDER MOMENTS』の自然の世界が境界なく推移していくように時間の流れをつくりました」。

▲「DANDELION」

▲「SUNSHINE」

▲「AURORA」


近年、映像シアターやイベントなどで映像コンテンツに触れる機会は増えているが、博物館での常設の映像インスタレーションはまだ珍しい。松尾氏は、ニフレルのプロジェクトが始まった3年前からメンバーに加わり、施設全体や展示のコンセプトにふさわしい映像インスタレーションのあり方を模索してきた。

「映像展示というと何かの説明や主題が求められるコンテンツと捉えられがちですが、常設の場合は1つのコンテンツに止まらない普遍性が大事。お客さんへの印象の与え方がニュートラルなほうがいいと思います。強いメッセージよりも、そこにお客さん自身の感覚や想いを入れる余白(自由度)があるかどうか。今回はそれぞれのシーンが持つ美しさを最優先にしながら、空間に映像を自然になじませつつ見せる、というバランスを大事にしました」。

確かに、球体スクリーンの真下で“光のシャワー”を楽しむ人や、手を伸ばしてCGの蝶や蛍を追いかける子どもたち、壁にもたれてその様子を眺めている人もいれば、球体スクリーンの技術に驚く人など。作品に対してさまざまな視点や関わり方がある。

「まだ、今のように思い描けていなかったときは、スクリーンや空間はできるだけ大きいほうがいいだろうと考えていました。でも、迫力に圧倒されるだけではない鑑賞の仕方があっていいのかなと思うようになっていきました。見る人のインスピレーションに働きかけること。建築段階から計画して、つくりながら少しずつわかってきたことです」。

▲「FISH」。モチーフはすべてCGまたは手描き。「質感は抽象的ですが、動きはリアルさを追求しています」と松尾氏


■球体スクリーンを「透明の器」に見せる

直径5mの球体スクリーンには、8台のプロジェクターが少しずつ映像を重ねて投影される。吹き抜けの2階に上がると目線の高さに大きな球体が現れ、手に触れられそうな距離まで寄ることができる。粗さやつなぎ目のない美しい映像が印象的だ。まるで水晶の中で起きるさまざまな現象を眺めているような気分だが、技術的には大変難しいチャレンジだったと松尾氏は振り返る。

「プラネタリウムの逆で、環境を球に閉じ込めるわけです。もともと透明ではない球体スクリーンをどうやって透明な器のように、3次元空間があるかのように見せるか。絵づくりのほとんどがその闘いでした。球体の中に無限の3D空間をつくって物事を起こしていく3Dワールドをつくったり、浮世絵のような2Dレイヤーの遠近法を試したり。はじめは技術よりも3次元球体の映像の解釈のほうが難しかった」。

ほかにも球の中で流氷を回転させたり、球の中を光の粒子が舞い上がったりと、シーンによって全くつくり方が異なる。プロジェクトを通じて松尾氏なりの球体映像制作のメソッドをつくることができたという。

▲「ICE」

▲「NOCTILUCA」


球体に対して、床に敷かれた直径8mの平面スクリーンは「球の空間の続きとしての床」という位置づけだ。鑑賞者の身体スケールでは球体の映像に関われないため、「関われる場所」としての平面スクリーンである。例えば、球体に海の波打ち際が投影されているとき、床では水中の夜光虫が鑑賞者の動きに反応するようにプログラムされている。また床の映像は鑑賞者をセンシングして、その人の身体にも映り込む。そこには映像のシャワーを体験してもらうという意図があるそうだ。

▲ エスカレーターを上がると、吹き抜けの上階に出る。手を伸ばせば触れられそうなほどの距離に球体スクリーンがあり、その下でインタラクティブ映像に戯れる人々を眺める

▲ 迫力がありながらも大きすぎないサイズがポイント。「直径5mは投光の技術的にも、映像に粗が出ないレベルの限界でした」(松尾氏)


■環境と創作性のバランス

ニフレルの館内にはゾーンに合わせて異なる背景音楽が流れているが、「WONDER MOMENTS」でも美しい音楽が映像を引き立てている。これも松尾氏のディレクションのもと、音楽家の高橋 全氏が制作したオリジナル作品だ。

「曲というよりは音のつながりにしたかったので、主張するメロディはありません。皆さんが音を通じて映像との関係を感じたり、楽しくなったりすればいいなと。音そのものがきれいであることを重視し、音色は特にこだわってつくりました」。とはいえ、あまり音楽としてつくり込みすぎないように気をつけた。「常設のインスタレーションとして主張しすぎないことが大事だと思うんです」。映像と同じように、音も環境と創作性のバランスを意識したという。

「WONDER MOMENTS」は今後さまざまな可能性がありそうだ。季節に応じて映像を変化させていくことはもちろん、空間自体をステージと見立て、ライブやパフォーマンスと絡めることもできる。床スクリーンの外周にも広いスペースがあり、生き物の展示をしながら、映像が連動するといったプログラムも考えられるだろう。

ほかにも「周囲360度を捉える全天球カメラを使えば、そのまま球体スクリーンに投影できます。展示手法として面白いことができそう」とのこと。こうしたアイデアも、アーティストが建物の設計段階から加わることで生まれたといえる。「最初は僕もどうなるかわかりませんでした。みんなでつくりながら1つ1つ見つけていった。それが創作の作業ではないかと思います。今後こういったプロジェクトは増えてくるように思いますし、それが映像の可能性ではないでしょうか」と松尾氏。

1セット約10分の映像は流れるようにつながり、繰り返される。水に始まり、地球で花ひらき、宇宙へと還っていく生命の流転の風景のようにも見える。前半の順路を鑑賞し終えた来場者が、ここで自身の感覚をリセットしてから後半へと向かう。インタビュー中もずっと空間の様子を眺めて、人の動きや反応を確かめていた松尾氏。最後に鑑賞者が加わることで完成するインスタレーションは、その豊かな「余白」を生かしながらニフレルとともに育っていくのだろう。(文・写真/今村玲子)



松尾高弘/アーティスト、株式会社ルーセントデザイン代表。1979年福岡県出身。映像、照明、テクノロジー、インタラクションを空間で融合させる光のインスタレーションを制作。自ら制作する映像やライティング、プログラミングによるシステムなど、多様な表現と技術によりアートやデザイン空間を一貫してつくり上げる。2015年は本作のほか「バーゼルワールド SEIKO ASTRON/グランドセイコー」のインスタレーション、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」などで作品を発表。



今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。