時代を超える価値観

今回はジャンルを超えた仕事をしていたからこその出会いから始まった仕事についてです。

一般社団法人 The Creation of Japan(COJ)が主催する「工藝を見直そう、再興しよう」というプロジェクトです。「伝統工藝は跡継ぎがおらず、技術が伝承できない。昔ながらの技術や工法も衰退し、このままでは日本の文化は失われてしまう。なんとかして次世代に残さなくてはならない」というよく聞くフレーズ。一方で、「そりゃ、残したほうがいいかもしれないし、気持ちはわかるけど、そもそも伝統工藝ってなに? 高いでしょ、私たちの生活には直接関係ないでしょ」という私たち。

COJでやることは、情緒的に「残すべきだ!」ではなく、「本当に残さなくちゃいけないのか? 本当に危機的状況なの? 何が問題? 工藝とはなんなのか? 私たちの生活とどんな関わりがあるのか?」と、そもそも論から議論し、工藝そのものの価値観を再構築しようというプロジェクトです。(と、私は解釈しています。)そして、ジャンルとしてほぼ関係のない私を呼んだりする少し変わった人たちが運営しています。

伝統工藝について知らないことが多すぎます。知らずにイメージだけが先行しています。イメージすらなく、関係ないと思って(何も思わず)生活をしている人も多くいます。最初に話をもらったときの私がまさにそうでした。「伝統工藝? は? なんで私?」と、目が泳いだ記憶があります。話を聞くと、その業界の方、職人の方は、それぞれ課題を抱えています。しかし、その課題解決のために業界を横断して、または業界を超えて議論する機会は少なかったようです。廃棄物と同じにしては大変失礼ですが、似てるんです、廃棄物の世界と。毎日出す廃棄物=ゴミなのに、その後どうなっているか知らない。それぞれで解決し、業界を超えた議論にはならない。私の“つなぐ”という思考は、何かしら役に立つのではと思いました。

2015年11月30日から12月6日まで、COJが運営する21世紀鷹峯フォーラムが京都で開催されました。そもそも論から始まった1年のまとめとして、京都国際会館で行われましたが、工藝と関係あるの?っていう肩書の方が何人もいて、私も人のことは言えませんが、よくこんなにいろんなジャンルの人間を集めたなと思いました。フォーラム全体の内容については、ウエブなどでご覧いただければと思いますが、私は工藝の世界で起こる課題は、現代社会の技術が100年後に残るかどうかという議論と同じだと話しました。

時代が変化すると、産業や社会構造、生活様式も変化する。ただ、大事にしなくてはいけないのは、その変化に対応したその時代の人たちの知恵や価値観の理解である。そのためには、まず、知る、そして体験する(触れる、使うなど)。これが私たちなりに腑に落ちると経験になり、次世代に伝えるエネルギーに変わるのではないか、と。であれば、知って、体験できるオール日本の施設をつくってはどうかと提案しました。


具体的な事例を1つご紹介します。油絵や墨に使われる膠(にかわ)。ここに写っている京都造形芸術大学 青木芳昭教授の私物だそうです。自分が死ぬまでに使う分の膠は確保済みという変わった先生です。私も無知だったのですが、今はほとんどがゼラチンとして食用で流通してしまい、油絵や墨用としてはなかなか手に入らないとのこと。しかも、膠は、動物の皮と肉の間の皮脂を煮込んで上澄みをとるらしく、今の日本では、煮込んでくれる人もいない。さらに動物によってできる膠の良し悪し、適する・適さないがあるそうです。例えば、油絵には、犬の膠が最も良い。しかし、犬の膠を現代で手に入れるのは難しく、日本の油絵、水墨画のためとはいえ、つくるべきだと言っても仕方がない。

そこで、害獣としてキョンやシカの皮が手に入らないかと、各方面に奔走し、交渉し(簡単に書いてますが、実はかなり大変)、結果的に、京都の猟師の方に協力いただき、シカの皮脂を手に入れました。それを煮込んで膠をつくってみると、なかなかの出来栄えだったようです。膠の分析値も公開し、幅広いジャンルで使用可能であると。害獣として駆除された動物が、日本の工藝の課題を解決するかもしれないという想像もしなかったコラボレーションです。まだ、実用化には遠いですが、この一連の試行錯誤のなかで、たくさんの出会いがあったようで、今後の仕事へのヒントをもらいました。

そして、第2回の21世紀鷹峯フォーラムが東京で開催されます。2016年10月22日(土)から2017年1月29日(日)、「工芸を体感する100日間」と題して、都内の美術館や博物館、大学を中心に、多くの企画を行う予定です。今後ウエブで情報が更新されますので、チェックしてください。
だれでも自由(一部、予約制もあります)に参加できますので、興味のある方は、ぜひ足を運んでください。

ジャンルを超えた価値観の共有は思いもよらない価値を生み出します。それは時代を超えても同じで、その時代の価値観から生まれた文化があり、その価値観は蓄積されて、次の時代の文化を形成すると私は考えています。自分が心地いいと感じた価値観は受け継いでいきたい。この想いは、廃棄物業者としてではなく、この時代に生きていひとりとして大事にしたいと思っています。(文/株式会社ナカダイ 中台澄之)

この連載は株式会社ナカダイ常務取締役・中台澄之さんに産業廃棄物に関するさまざまな話題を提供していただきます。

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