クリナップ
「DAIDOCORO」~キッチンがつくる暮らしのビジョン

クリナップは、1960年にステンレス流し台の製造販売を開始して以来、一貫してキッチンの革新に取り組み、日本を代表するキッチンメーカーとなっている。今年4月には、2014年に続いてミラノサローネ(イタリア)会期中にミラノ市内に出展し、その姿勢を国際的な場でアピールした。ミラノで発表された新しいキッチンは「DAIDOCORO 2016」。そのコンセプトは、料理を「つくる」「食べる」「くつろぐ」「ふるまう」という4つのシーンを、1つのキッチンとして調和させることだった。

今回のプロジェクトを統括したクリナップの開発1部デザイン課主任、間辺慎一郎氏は、こう語る。
「クリナップが培ってきた技術を生かし、未来のキッチンを提案しようと考えました。発想の原点は、日本独自の伝統的な台所文化です。(現在の住宅は)キッチンで料理をつくるお母さんの背中しか見えなかったり、テレビを見ながら食事をしたりするのが現在の台所事情です。しかし昔の日本は、囲炉裏を囲んで家族が向かい合い、調理しながら食事し、その場でくつろぐという生活が普通にありました」。

今回、発表された「DAIDOCORO」は、人々がこのキッチンを囲んで座り、互いの視線を重ねながら食を楽しめるように工夫が凝らされた。2014年にミラノで発表されたモデルに比べ、いっそう大胆でオリジナリティを感じさせるものになっている。

▲2016年ミラノサローネでの展示。

▲クリナップ株式会社 開発1部デザイン課主任 間辺慎一郎氏。

「つくる」「食べる」「くつろぐ」「ふるまう」という行為に対応するために課題となったのは、それぞれに適した高さに1つのキッチンで対応することだった。4種類の高さを自然につくり出すために、箱型のキャビネットを並べて天板を載せる既存のキッチンとはまったく異なる、天板からベース部分までをレイヤー状に構成するアイデアが生まれた。

「高低差をつけた1枚の天板を用いる案もありましたが、調理するのと料理をふるまうのとでは天板に適した素材も違います。高さだけでなく素材にもバリエーションをもたせるために、天板を複数の層にするのが最も適していたのです」と間辺氏。いちばん高い囲炉裏IHの周囲のテーブルには屋久杉天然木を、次に高いふるまいカウンターには赤彩色を施したステンレスを、シンクとシンクプレート部には耐久性に優れたステンレスを、そして低いリビングテーブルには人工大理石を使用した。さらに天板より下の部分もレイヤーとすることで、全体の形状や収納の位置も自由度が増している。キッチンの周りには、同様のデザインの椅子を並べた。

料理をつくる人と、食事する人やくつろぐ人の視線を重ねるために、調理時に椅子に座ることを提案したのも目新しい。見慣れないスタイルのようだが、囲炉裏の時代までさかのぼらなくても、日本では鍋を囲んで調理しながら食事する習慣が残っている。「DAIDOCORO」のスタイルが、豊かなコミュニケーションを誘発することは間違いない。

▲未来の食住文化を提案するコンセプトキッチン「DAIDOCORO」。    Photo by Sohei Oya(Nacása & Partners)

▲「DAIDOCORO」のアイデアスケッチ。

「DAIDOCORO」の素材の使い方には、クリナップが積み重ねてきた技術力が端的に表れている。シンク部分のステンレスの天板は約4mの長さがあるが、溶接の跡はほとんどわからない。また「ふるまいカウンター」は、エッチングを施したステンレスと漆器をイメージした彩色によって、日本の伝統的な麻の葉柄が浮かび上がるようにした。リビングテーブルは人工大理石で、異なる色の樹脂を埋め込み麻の葉柄をグラデーション状に施している。

こうした技術は相当の手間がかかるため、現時点では量産は難しい。しかしミラノの展示では大きな反響があったため、製品に生かす方法を探っていく予定だ。またスタッフが説明しなくても、外国人の来場者が麻の葉柄を日本古来の模様であることを指摘する場面があったという。伝統美の再解釈が、ステレオタイプな様式美への依存ではなく、現代にふさわしい美的価値の創造につながることも考えられる。

また「DAIDOCORO」において発揮されたクリナップらしさに、ユーザー目線の徹底がある。このキッチンはコンセプトモデルとして開発されたが、そのプロセスは通常の製品開発とほぼ同じ。プロジェクトに関わったメンバーのアプローチも一貫していた。

「調理する位置が包丁を使うには高すぎるとか、収納にフライパンが入らないとか、細かい指摘が開発チームの中から出てきます。見た目を優先すると、このキッチンはもっとシャープにできるかもしれない。しかし使い勝手を切り捨てたら、クリナップではなくなってしまうのです」。

▲「DAIDOCORO」の積層構造は日本の伝統的な「重ねる」文化を表現。

▲日本の伝統的な麻の葉柄麻の葉柄をグラデーション状に施したリビングテーブル。

「DAIDOCORO」が実際に住空間に取り入れられたら、その場に集う人のライフスタイルを革新するに違いない。キッチンとダイニングとリビングの融合は、住む人のコミュニケーションのあり方を変化させ、食にまつわる時間の流れ方を変え、空間設計にも影響を与える。ハウスメーカーとの協業や、飲食店への導入などの可能性も見えてくる。「このコンセプトモデルは、今までのクリナップの延長線上にはなかった、新しいキッチンの方向を示すという面もあります」と間辺氏は語る。

11月1日~6日にアクシスギャラリーシンポジア(東京・六本木)で行われる展示会では、このキッチンの世界観をふまえたインテリアスタイリングによって、新たな「DAIDOCORO」空間が現れるという。既存のキッチンを超えたインテリアのビジョンと、そこから広がる豊かなライフスタイルのイメージが、あらためて示されることだろう。(インタビュー・文/土田貴宏)

家族が向き合う未来型キッチン「DAIDOCORO」
11月1日(火)〜6日(日)11:00〜19:00
アクシスギャラリーシンポジア(アクシスビルB1F、東京都港区六本木5-17-1)

2015年度のグッドデザイン・ベスト100を受賞した「流レールシンク」をはじめ、高い技術力と素材のクオリティで知られるクリナップ。同社が今年4月、ミラノサローネ 2016とミラノ・デザインウイークで発表したコンセプトモデル「DAIDOCORO」は、日常生活の4シーン「つくる」「たべる」「くつろぐ」「ふるまう」を1つに重ね、新しい食住空間を表現したもの。その未来型キッチンの世界観をスタイリスト黒田美津子氏のインスタレーションでお楽しみいただけます。

                                                                                                                          Photo by Sohei Oya(Nacása & Partners)