【卒展2018】武蔵野美術大学インダストリアルデザインコース。
フィクションとリアルが交差する作品群

▲武蔵野美術大学インダストリアルデザインコース卒業制作展示「TOUCH!」の会場

2018年の卒業制作展のうち、首都圏の学外展を中心にレポートするシリーズ。それぞれの大学、学部、コース、そして今の時代の学生たちの特徴や雰囲気を伝えていく。

第1回目は、武蔵野美術大学 工芸工業デザイン学科 インダストリアルデザインコースの卒業制作展「TOUCH!」。企画・運営ともに、有志の学生が主体的に行った。

「学生らしさ」の特徴が自由な発想にあるとすれば、現実性や社会性、もしくは合理性はそれに反すると思われるかもしれない。しかし今回の展示では「事実に裏付けられた想像性」を持つ、バランス感覚の高い作品が多く揃っていた。

インダストリアルデザインコースは「モビリティ(カー)デザインゼミ」と、「プロダクトデザインゼミ」のふたつのゼミから成っている。それぞれのゼミの作品を見ていこう。

未来の「移動」に形を与える

電気自動車(EV)へのシフトが世界中で加速しているが、今回モビリティデザインゼミから出展していたほとんどの作品が、EVをベースにしていた。同時に、人工知能(AI)やビッグデータといった、技術トレンドを作品に積極的に取り込んでいたのも印象的だった。

テクノロジーの進化は、もちろん教育方法にも影響する。モビリティデザインゼミの稲田真一教授は「クルマの中の仕組みが変わることで、外観も変わるということに、学生たちも気づかなければなりません。かっこいいものを目指すだけではなく、自動運転の普及によって、社会はどう変わるのか、どんな哲学的な変化が起こるのかまで、個々に踏み込んで考えていきました」と話す。

▲「Crescendo Experience」遠藤直哉

▲マニュアル運転時と自動運転時で座席位置が変わるというコンセプト。遠藤さんは両側の一面ドアがデザインのポイントだったと振り返る

遠藤直哉さんの作品は「クルマに乗る人たちの主体性を取り戻す」をテーマにデザインした、自動運転機能搭載のEVスポーツカー。完全な自動運転が実現したとき、人は無意識のままに目的地に到着し、道中に広がる風景の記憶さえなくなってしまうのではないか、という問題意識があった。作品では、自動運転中に景色が見やすいようにシートポジションが上がったり、風が車内を通り抜けやすくなったり、乗車を主体的に楽しむ工夫を盛り込んだ。

城 祐貴さんは、人と人工知能が対等に協力し合って運転操作をする、新しいスポーツカーの形を提案した。キーワードは「人馬一体」で、乗馬における人と馬の関係性を参考にしたという。手綱のような操作系は、人間とAIの「シンクロ状態」が高まることで、適切に速く走れるようになることを想定。実際に乗馬も体験し、プロに乗馬の楽しさなどを取材して理解を深めたと話す。

▲「Ai & humanity」城 祐貴

▲クルマに愛着を持てるような、「撫でたくなる質感」を目指したと話す

佐藤太亮さんの提案「YOU-TOPIA」は、ビッグデータを活用して自律運転するモビリティ。人が移動するためではなく、天候や人の流れといった大都市に集まるビッグデータをAIで解析し、「そこにあってほしい」と思うような場にひっそりと移動。その場に適したフォーメーションに変化することで、憩いの場を提供したり、デジタルサイネージになったりする。もとは「動く木陰」がコンセプトだったという。

▲「YOU-TOPIA」佐藤太亮

▲デジタルサイネージとしての利用方法なども検討した佐藤さん。都市での使用を想定した建築模型も展示した

ストーリーのあるプロダクト

プロダクトデザインゼミの作品は、椅子や生活雑貨から家電まで幅広かったが、統計データなどから未来の社会を予測して、そこに適したプロダクトを提案するという思考実験に近い作品も多かった。

田中桂太教授は「今年は背景にストーリーのある作品が多いと思います。形をつくるのはデザイナーにとって重要な仕事ですが、そのプロダクトを使うことで得られる新しい体験が、今後はより重要になります」と話した。

▲「Pakila」松平風香

▲「美容においては効率化や時短が避けられないキーワード」と松平さん。展示会場ではモックアップ作品のほか、実物大の洗面所に模した展示台も用意

「忙しい人ほど美しくありたいと思う気持ちが強くなる」というデータがあるらしい。松平風香さんの作品は「ワイヤレス充電の普及により、どこでも家電が使える未来」を想定したヘアドライヤーだ。髪を乾かす時間を短縮するために、お風呂上がりの脱衣所で、上部から素早く乾かしてくれる。頭上に設置することを考慮し、圧迫感のないスリムなデザインに仕上げた。

VRやARが発達する未来こそ、肌感覚の伴う体験の価値が高まるだろうと予測し、千頭龍馬さんは空気膜構造により自立する、骨組みのない透明なテントを提案した。収納ケースには空気ボンベのカートリッジが取り付けられているが、これは実際に必要な空気量を算出してサイズを割り出したという。アウトドアメーカーにもヒアリングを行ったとも語った。本展では展示がかなわなかったが、アドバルーンの会社に依頼して、実物大の模型も制作している。

▲「SEED」千頭龍馬

▲収納ケースと必要な空気の容量は、自転車のタイヤに使用する空気ボンベから計算した

▲「種(たね)は、種(しゅ)を残すための旅する形」と考えて、収納ケースからテントが発芽するイメージでデザインした

注目の高まるインナービューティーケアのうち「香りによる効果」に着目。通常は「効能」で香りを選ぶのに対し、富澤早紀子さんは「ストーリー」から香りに出会う体験を提案した。タイトルを記したひとつひとつの箱には、時計をイメージした円形のお香と小さな物語が入っている。お香の煙の動きを楽しめるような形状の香立ても制作。香りと物語、そして煙を一緒に楽しむための、灰になるまでの20分間をデザインした。


▲「TWOO」富澤早紀子

▲「卒業制作では自分のやりたいことをやりたかった」と富澤さん。文章を書くのも好きで、ストーリーもすべて自作したという

人口増加による食糧不足を補うためのプロダクトとしてパク・ミンフさんが提案するのは、「自宅で蚕の幼虫を飼って、増やして、食べる」ことを目的としたキット。「人の暮らしに溶け込みやすいように、照明器具の機能をもたせました」と言う。

蚕は繭をつくる際に、筒状の部分に移動する習性があることを調べ、筒が飛び出たような形状にした。底面には桑の葉の乾燥飼料が置けるようになっており、展示会場でも生きた蚕が作品の中で飼料を食べる様子を見ることができた。

蚕を食べることをセンセーショナルに感じる人もいるかもしれないが、昆虫食は近年、食糧不足の解決策として世界的に注目されているテーマでもある。パクさん自身が調理しながら発案した、緻密な観察から成り立つ実践的な作品だ。ちなみに、幼虫は揚げ物に、蛹は肉料理の代用にオススメとのこと。

▲「Silkworm nest」パク・ミンフ

▲餌用のパッケージも作製。奥に見えるのが実際に飼料を食べる蚕

期待に応えないという選択肢

「やりたいこと」「好きなこと」から未来やニーズを予測した作品は、どれもあり得る未来のいち場面を予感させてくれるような、フィクションとリアリティのバランスが絶妙に感じられた。

しかし、逆にこのバランス感が邪魔をしてしまっているだろう作品も見られた。それは企業や(私を含めた)来場者が、「大人をも説得できる想像性」を求めすぎた結果かもしれないが、ときには「模範的提案の枠組み」を突き抜けてほしいと、どの作品も完成度が高かったからこそ願ってしまった。

卒業生の多くは、インハウスデザイナーになることが決まっている。彼らの手がける商品に触れる未来は、そう遠くないだろう。End

武蔵野美術大学 工芸工業デザイン学科 インダストリアルデザインコース卒業制作展「TOUCH!」

会期
2018年2月2日(金)〜4日(日)
会場
AXISギャラリー
詳細
武蔵野美術大学 工芸工業デザイン学科 インダストリアルデザインコース