カネイチヨウコによる、10年後も20年後も、長く愛され使われるテキスタイルデザイン

▲kakapoのオリジナルテキスタイルのひとつ、「トショカン」の生地で製作したシャツとクッション。Photo by Daisuke Koike(クレジット記載のないものすべて、写真提供:kakapo)

カネイチヨウコがデザインを手がける、オリジナルテキスタイルブランド「kakapo(カカポ)」は、生地の販売はもとより、シャツやストール、バッグ、インテリア、建築などにも展開されている。2012年から活動をスタートし、2019年に法人化、2020年のコロナ禍にオンラインショップを立ち上げ、ブログも始めた。今年、ブランド設立から10年という節目を迎え、新たな思いでいるというカネイチに、デザインに対する考えや今後手がけてみたいことなどを聞いた。

▲2016年にオープンした、東京・世田谷羽根木にあるアトリエショップ「kakapo」。生地やシャツのほかに、ワンピースやバッグ、ストールなどを販売。

ファッションに対する興味からこの道へ

兵庫県姫路市に生まれ、高校生のときに同郷である高田賢三の仕事を見てファッションに興味を抱いたのが、この道に進んだ最初のきっかけだった。京都市立芸術大学の染織科に入学し、沖縄県立芸術大学の大学院で伝統工芸の手織りをもとに、糸づくりから、染色、織りまで一連の制作工程を学んだ。

卒業後、NUNOに3年半従事し、アパレルの生地を企画する会社に転職して、パリコレで発表するデザイナーの服地の企画なども担当。ここでも多くのことを学んだが、次第にファッションの短い消費サイクルに疑問を感じるようになり、自分のペースでものづくりをしようと考え、2011年に独立を決めた。

アーキヴィジョン広谷スタジオ設計の「レイモンド下高井戸保育園」。kakapoのカーテンが彩りを添える。Photo by Kazuhito Koizumi

オリジナルの生地をつくり販売する

生地についてさまざまなことを学び携わってきたなかで、独立してやっていきたいと思ったのは、自分でオリジナルの生地をデザインし、製産・販売することだった。それはファッションやアートではなく、量産の工業製品としてのテキスタイルデザインである。

しかし、つくり手にきちんと対価を払うことを前提にした小規模生産のため、価格は多少、高くなり、また、生地の販売だけでは、洋裁が好きな人やインテリア関係者など、客層が絞られてしまう懸念もあった。そこで気軽に手に取って見てもらえるようなプロダクトもつくろうと考え、シャツに決めた。「100年以上前からほとんど形を変えずに存在していて、襟や袖、前後の身ごろから成る構造や製造方法が工業製品のように感じられたこと。また、自分も好きでよく着ていたことも決めた理由にあります」とカネイチは語る。

▲シャツの縫製や仕上げなど、すべて国内の工場で行っている。この「フルイマチ」の生地のデザインが生まれるまでの話が、ホームページ内「NOTE」に書かれている。

オリジナルの生地とシャツをつくるにあたり、アパレルに携わって疑問に感じたことを思い返しながら、指針を固めていった。「ファッションの世界では、シーズンごとに新しい服を次々に発表していくので、店頭に並ぶサイクルが短く、去年の服が良かったなと思っても手に入らない。すぐに流行遅れになって着られなくなってしまうことも残念に思っていました」。カネイチが目指すのは、短期間に消費されてしまうものではなく、10年後も、20年後も愛され、使われるテキスタイルデザインである。

そして、誕生したオリジナルテキスタイルブランド「kakapo(カカポ)」は、生地の新しいデザインを発表するのは基本的には年に1回で、セールは行わず、売り切れるまで販売し続ける。シャツに関しては、知人に紹介してもらったパタンナーと話し合いながら形を決めた。ユニセックスのベーシックなフォルムで、サイズは1、2、F、4、6の5種類でスタート。現在もほとんど形を変えずに販売している。

▲オリジナルの生地のデザインは、現在、20種類以上ある。写真は、その一部。

多様な制約があるなかでデザインを考える

生地のデザインの発想の源は、カネイチが日々の生活のなかで見て感じた「風景、建築、現象」などで、写実的ではなく、心象風景を表したような抽象的なものである。最初に何十枚、何百枚とスケッチを描き、アイデアが固まったらパソコンに取り込んでデータ化する。その後、サンプルをつくって検討を重ねる。

イラストやグラフィックと異なる点は、生地のデザインには「リピート」という、柄を連続してつなげる作業があることだ。ハンドプリント用の一般的な生地の規格の幅は、110センチ。その範囲内に柄が連続していくときに美しく自然に見える構成と、どこを切り取っても使用できるデザインが求められる。また、一枚の生地から複数の服をつくる際には、襟や袖などの同じ部分に同じ柄がくるように構成を考えることが多いが、kakapoは服をつくるためだけの生地ではないので、大きな柄を採用し、どこにどのような柄がくるかは偶然に任せ、完成してからの楽しみとしている。

▲機械刺繍による「シバフ」の生地が採用された、Onitsuka Tigerのシューズ。写真提供:Onitsuka Tiger(オニツカタイガー)

プリント生地の製作は、国内のシルクスクリーンのハンドプリント工場で行う。色数を増やすほど型がたくさん必要になり、生地の販売価格が上がってしまうため、使用する色は生地の地色に加えて2色か3色と決めている。同じ柄で色を変えて販売することもある。

「シバフ」の生地は、今まで15色以上展開してきた。あるとき芝生の広場を見ていて生地にできないかと考え、試行錯誤を経て生まれたもの。長く付き合いのある工場のパンチカードという、紙に穴を開けて柄を縫う、昔からある刺繍の機械で製作されている。この生地のシャツを購入したOnitsuka Tiger(オニツカタイガー)のデザイナーとの雑談からプロジェクトに発展し、シューズに採用された。東京・世田谷にあるアトリエショップ「kakapo」には、建築家やデザイナーなど、クリエイターも多数訪れ、おしゃべりをしているなかからプロジェクトに結び付くケースも多々あるそうだ。

Suface&Architectureの事務所の一室。デッドスペースになっていたバスルームを、相談しながら落ち着いた雰囲気にコーディネートした。「シバフ」の生地をカーテンとクッションに採用。撮影協⼒:Suface&Architecture

▲ランドスケープアーキテクトの自邸のカーテンを製作。生地は、「フルイマチ」。Photo by Hideyuki Ishii

コロナ禍に開設したオンラインショップ

昨年はイベントが中止になり、売り上げも落ち込んだため、急遽、オンラインショップを立ち上げた。また、ホームページ内にデザインの発想についてなど、自身の思いや考えを綴るブログも始めた。

「オンラインショップもブログも、周りからつくったほうがいいと以前から言われてきたのですが、コンピュータ関連のことは苦手でずっと先延ばしにしていて、やっと重い腰を上げました(笑)。こういう状況にならなければやらなかったと思います。ホームページ再構築のために助成金の申請もして、書類を作成するなかで売り上げ状況や今後の見込みを数字や文章にして、会社のことや経営について俯瞰して考える機会にもなって良かったです」。

▲端切れも残らず工場から引き取り、小物類などをつくる。自身がデザインし、職人が一生懸命つくったものなので、ほんの小さなかけらでも捨てがたいという。

挑戦したいことは、布の照明、ホテルのデザイン

今後、手がけてみたいことはインテリアプロダクト、特に照明器具に興味があるという。「布というのはそもそも織物で、繊維と繊維の間に少し隙間ができることから、布を介すると光は和らいだものになります。そういう優しい光と布自体の柔らかさを合わせたものが何かできないかと考えています。それからホテルにあるものを丸ごとデザインしてみたいですね。インテリア、ルームウェア、制服……と、夢は尽きません」。

日本の繊維産業が衰退の一途をたどるなか、つくり手にも思いを馳せる。「世界に誇れる技術をもった工場や職人さんがたくさんいます。環境の変化、海外生産、継承者がいないなど、いろいろな理由で継続が難しくなってきていますが、こういう方たちの仕事を途絶えさせないために、自分に何ができるかと考えていますが、まだ答えは見つかっていません。今はとにかく仕事を継続していくこと、生地を通して彼らの素晴らしい技術をより多くの人に伝えていけたらと思っています」。

つくり手とともにテキスタイルデザインの新しい可能性を模索しながら、自身のペースで丁寧に日々、向き合う。そんなカネイチの新作が、4月末からイベントでお披露目される予定だ。神楽坂でのイベントは1年振りとなるため、心待ちにしている方も多いことだろう。End

kakapoの初夏、kakapoの神楽坂。
場所:神楽坂フラスコ 東京都新宿区神楽坂6-16
日程:4月29日〜5月5日 12:00〜19:00(初日は14:00から、最終日は17:00まで)
*緊急事態宣言の発令に伴い、開催中止
 同期間中、世田谷の「kakapo」で新作を展示

京都に期間限定ショップがオープン
日程:5月29日〜6月6日
※詳細は、kakapoのウェブサイトをご覧ください。


カネイチヨウコ(かねいち・ようこ)/テキスタイルデザイナー。兵庫県生まれ。京都市立芸術大学染織科を卒業後、沖縄県立芸術大学大学院で手織りを学ぶ。NUNO、アパレル生地の企画会社を経て、2012年に独立してオリジナルテキスタイルブランド「kakapo(カカポ)」を立ち上げる。2016年に東京・世田谷にアトリエショップ「kakapo」をオープン、2019年に法人化。「流行やファッションに影響されて消耗するのではなく、世代を超えて10年後、20年後も愛され、使われるデザインをつくる」を念頭において活動する。