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2021.05.07 12:53
物と人の移動が制限される時代だと、最近は「負」の面を語られることが多い。だが、その局面にいるからこそ、生まれるアイデアや可能性もある。建築・都市のデジタル化を進めてきたgluonが企画し、誕生したばかりのウェブサービス「FLOWER4U」が提案するのは、気持ちや想いと共に贈る“ARの花束”だ。
gluonは「建築・都市とテクノロジーの領域横断型プラットフォーム」と冠し、建築家の豊田啓介さんをはじめ、各領域のプロフェッショナルが集い、専門領域をつなぎながら新たな価値の創造を担っている。一例では、老朽化で解体が決まったメタボリズム建築の名作「旧都城市民会館」を3Dデータでデジタルアーカイブした。
他にも、東京藝術大学、東京オペラシティ、バンダイナムコ研究所との共創で取り組んだ東宝スタジオといった場所の3Dスキャンを行ってきたgluon。巨大建造物に対する3D化のノウハウが溜まってきた彼らが次に目をつけたのは、まったく逆の対象物だった。それが、花束である。
素材が薄く、形状が複雑であり、生き物のように揺れ動いてしまうものは3D化が難しいとされる。しかし、それらの難点を超えるべく挑戦することで、キロメートル単位の都市から、メートル単位の建築、ミリメートル単位の花弁まで、あらゆるスケールのデジタル化をさらに可能にしていけると考えたのだ。
そのデジタル化を支える技術の一つが「フォトグラメトリ」である。対象物をあらゆる角度から数千枚に及ぶ写真に収め、一つのデータとして統合することで、高解像かつ精度の高い3Dモデルを作り出すことができる。FLOWER4Uでも、1つの花束につき約2000枚の写真が用いられているという。
花を贈りたい人は、専用サイトから好みにあったARの花束を選び、購入する。“Happy Birthday”や“Thank You”といったメッセージを添えることもできる。決裁が済むと個別のURLが発行され、受贈者はURLをスマートフォンから開くことで、ARの花束を表示する。
FLOWER4Uの使われ方を簡潔に書いたが、実際は、個別URLを送るときに言葉で想いを綴ったり、受贈者は好きな場所にARの花束を写してスクリーンショットを撮ったりと、まさにコミュニケーションに花を添えるアイテムとして機能する。ARの花束は100円から用意され、ラインナップも拡充していく予定だ。
現実世界の3D化に関する知見を蓄えるgluonは、花束をデジタル化させ、どのような気づきや可能性を得ていったのか。gluonよりプロデューサーである豊田啓介さん、プロジェクトマネージャーの瀬賀未久さんに加え、3Dモデルの制作を担当したホロラボの藤原龍さん、Webデザインを担ったnDの中原寛法さんに、FLOWER4Uを通じた所感を聞いた。
「中間にあるもの」を扱う価値
プロジェクトは、コロナ禍の前から始まっていた。
豊田啓介さんは数々の3D化を手掛けるなかで、建築に限らず「物か、物ではないかという二択ではないところに新たな価値の可能性がある。技術的な選択肢が増え、それらの“中間にあるもの”を僕らが扱えるようになってきている」と考えるようになった。
外部環境の急変化もある。豊田さんは現在を「建築家のデビュー作が海外住宅でも構わなくなった時代」と言うが、その環境下においては「贈り物」の形も変わる。時間や地理に囚われない贈り物が求められるなかで、依然と「物か、物ではないか」という二択しかないのは違和感があった。大切にすべきは、気持ちや想いを込めやすく、貰った側も嬉しいものではないか──豊田さんの直観は、そのシンボルとして花束に行き当たる。
また、3Dモデル化を担当していた藤原龍さんの作品にも以前から触れ、彼のフォトグラメトリ技術にも信頼を寄せていた。旧都城市民会館の3Dモデルでも技術は一部で発揮され、共にデータ作成にあたった仲だ。
「リアルでは集まりづらい日々が長く続き、立ち上がって1年以上が経つプロジェクトであってもチームメンバーと対面では会っていないこともあります。彼らが異動や転職で抜けるとき、いつもなら生花を贈る場面でも実現できない。それは残念だと感じるときに、花束のように贈れるものがあれば、良いコミュニケーションを生んでくれるはずだ」と豊田さんは考え、藤原さんへ声をかけた。
しかし、生花が人々の心を潤してきた歴史の前では、バーチャルな花束は受け入れられるのか。「本物を贈ることこそが価値ではないのか」と、構想を初めて聞いたときに瀬賀未久さんは感じたそうだ。ところが、プロジェクトマネージャーとして携わるうちに、その疑念は晴れていくことになる。転換点は、FLOWER4Uは「贈る」という気持ちを叶える方法になれると思えたことだった。
「花束は気持ちを形にしたメタファーのようなもの。FLOWER4Uでも、気持ちを贈る手段が、たまたま花のARだったというように、大切なのはあくまで感情を乗せることです。本物の生花にはもちろん勝てないけれど、FLOWER4Uで花を買う、贈る、楽しむという喜びから、本物を買ってみたくなる人が増えればもっといい」と瀬賀さん。
そのような深度でARの花束を感じるには、相応のクオリティが求められるはずだが、瀬賀さんは「龍さんの作品を見ると、デジタルだけれど感動するんです。『都城市民会館』をVRで復元した事例では、誰もいなくなった閉館したホールにVRChatで大勢の人が再び集まったり。感情を動かすような、“泣けるバーチャル”を作れる人ですね」と語る。
文化や記憶を引き継ぐものこそ、フォトグラメトリは向く
“泣けるバーチャル”を作る藤原さんがデジタルアーカイブに興味を持ったのは10年ほど前。歳の離れた妹にもらった、手書きの「交通安全のお守り」をしまっていた財布を盗まれた日のことだ。たとえ、スキャンによって生まれたコピーであっても、デジタル技術で残しておけばよかった……その後悔が、藤原さんを物や空間のデジタル化へと向かわせていった。
藤原さんによれば、この2年ほどの間にフォトグラメトリツールの進化や、自身のスキルアップもあって、リアルな3Dデータを作れるようになってきたという。2019年に発表した鎌倉の銭洗弁財天をフォトグラメトリでデータ化した作品は発表後に話題を呼んだ。
建築物は、常にそこにあるように思えて、あっけなく姿を変える。首里城やノートルダム大聖堂の火災も記憶に新しい。そして、火災に人々が深く悲しむ姿から、藤原さんは建築を「文化や記憶を内包・蓄積していくもの」と捉えている。デジタルアーカイブはそれらも含めた歴史を残すからこそ、単なるデータを超えて人の感情に訴えかける力を持つのだ。
FLOWER4Uで取り扱う花も、人の感情に作用する象徴的なものである。藤原さんは花の持つ日々変わる儚さやアレンジメントの個性を、フォトグラメトリによって残すチャレンジを決めた。手法としては「多焦点合成(フォーカススタッキング)」と呼ばれる画像処理がベースだ。ピントの当たっている面の異なる画像を相当数用意し、ピントの当たっている部分だけを抽出して、一つの3Dデータとして合成を施していく。
こうして作成された3Dデータは、必然的に大容量になる。快適かつ簡単に、一定のクオリティを伴って表示されるにはウェブデザインの技術も欠かせない。豊田さんが声をかけたのは、nDの中原寛法さんだった。中原さんはカジュアルギフトサービス「giftee」の共同創業者であり、常に「新しいギフト」へのニーズや価値を肌身に感じてきていた。
「それこそ生花を海外へ贈るのは、検疫の問題などから簡単にはいかない。また時勢としてもコロナ禍で病院への贈り物にも制限が入るなかで、FLOWER4Uで『花を贈りたい』という気持ちに応えられる可能性がある。直観的にその大切さを感じ取れたので、手伝うことをすぐに決めました。プロトタイプを用いたトライアルの手法にも土地勘はありましたから」と中原さん。
FLOWER4UはARCoreやARKitといったフレームワークを用い、指定のURLを開き、ブラウザ上で動くWebアプリとして提供されている。専用のアプリをインストールしなくても楽しめるのも特徴だ。個人におけるスマートフォンの保有率は70%近くに迫ることを鑑みても、より一般化していくことは目に見えている。中原さんは読み込み時間の短さとデータクオリティのバランスを測りながら、ユーザーに負担の少ない落とし所を探った。表示を待てる限界点には、gifteeでの開発経験も生かされているという。
「質感は五感以上のものを誘発する」
コロナ禍の真っ只中にリリースされたFLOWER4Uに、豊田啓介さんは「この状況下だったからこその意味、可能性、タイミング」を強調した。「たとえば、Twitterで誰かが『すごく疲れている』とつぶやいていた瞬間にパッと贈ってあげる。生花を贈る効果が100だとすれば、与えられるのは50かもしれないけれど、その数が20倍に増えたなら、さまざまな人に気持ちの切り替えポイントを届けられる」と話す。
それは今の時代に似合う「重過ぎないギフト」の好例ともいえ、中原さんは“ARの花束”であるからこそ、スマホのなかで枯れずに保持しておけることに良さを見ている。一方で、藤原さんは、次なる野望に「時間の経過」をアーカイブすることも視野に入れる。生花においても貰った翌日に花が開く蕾があったり、一日の中でも陽の光に合わせて形を変えたりする。そういった「動き」をAR上でも表現できれば、新たな楽しみが増えるのだ。
将来的には、結婚式やプロポーズなど特別なシーンで贈られる花をその場でスキャンし、デジタルアーカイブで残すのが目標だと、藤原さんは話してくれた。人間の残せるものが文字、絵画、写真、動画と次元が上がってきたように、今後は3Dデータも含まれる。記録手段の多様化はたしかな進化の過程の一つといえるだけに、その未来も遠くないだろう。
しかも、リアルに存在するものを、経年変化も含めて高解像度で3Dデータ化することで、人間の感情に訴えかけやすくなるようだ。藤原さんは「都城市民会館」のプロジェクトにおいても、地域住民が建物のあちこちに抱いている思い出を、VR空間上でも読めるように表示させる仕掛けを施した。シンプルなギミックだが、フォトグラメトリによる質感のある空間だからこそ、まっさらなCGで作られたスペースよりも、記憶が直結して呼び起こされてきたという。
豊田さんはそれを「質感は五感以上のものを誘発する」と表現した。スケール感や移動感覚、文化的背景、歴史的文脈、各個人の思い出といった、あらゆるチャンネルを取り込んだ3Dデータだからこそ、感情を誘発するきっかけになりやすい。FLOWER4Uが目下、開発を進めている新作が「カーネーション」だと聞き、より納得感があった。
手の中で見えるこれは、現実では無い花である。ただし、現実を元にした花でもある。そして、仮想と現実の間で咲く花にも、人は感情を動かすことができる。このアーキテクチャを呼び習わすための言葉を、きっと僕らはまだ持ち得ていない。真に、未来なのである。