世界が認めた日本のデザイン 後編 
iFデザインアワード2021 「グローバルを舞台に活躍する日本のデザイナー」

前編では、iFデザインアワード2021において日本の受賞作品に多く見られた「産学協同」プロジェクトを紹介した。後編では、グローバルな視点で世界を舞台に活躍するデザイナーの製品を紹介しよう。ブランド構築や商品開発のプロジェクトを多数手がけるソルトコの代表の福嶋賢二、2018年に設立されたばかりの若手デザインユニットwah、国内外で数々の受賞歴をもつカロッツェリア・カワイの代表 川合辰弥に開発に対する考えや想いを聞いた。

ワイ・エス・エム × ソルトコ 福嶋賢二
自社の技術力を世界に発信する

▲ワイ・エス・エムの新作の和紙の照明「and-on」

iFデザインアワード2021を受賞した照明「and-on」は、埼玉県八潮市のワイ・エス・エムが2017年に立ち上げた自社ブランド「Y.S.M PRODUCTS」の製品。同社は、社長を含めて6名の小さな会社だが、特に金属加工技術の高さに定評があり、JR九州クルーズトレイン「ななつ星in九州」をはじめ、住宅や公共施設、クリエイターの作品の特注照明を多数手がける。

▲「Y.S.M PRODUCTS」の製品開発プロジェクトでは、プロ向けの特注照明や、得意とするLED導光板の技術を一般の人々に広く提供していきたいという想いが根底にある。

「Y.S.M PRODUCTS」ブランドの製品は、「”ひととき”を作る照明」をコンセプトに、自社の技術を世界に発信していくためにクリエイターと協業して多彩な製品を開発している。その最新作「and-on」は、ソルトコの福嶋賢二がデザインを手がけた。福嶋は、「企業の強みを引き出す」ことをコンセプトに、ブランド構築から商品開発、プロダクト、パッケージ、グラフィック、展示会の会場構成と幅広い分野で活躍する。

「and-on」は、ワイ・エス・エムの本社のある埼玉の伝統産業である小川和紙を用いて開発された。1300年の歴史を誇る小川和紙は、生成りがかった素朴で温かみのある独特な風合いをもつ。「世界に通用するものをめざすために、既存の概念を超える新しい和紙の照明をつくること、と同時に、和紙に根差す日本的な情緒や文化を世界に広く伝えたい」と福嶋は考えた。

▲小川和紙は、緑豊かな山々と清流、和紙づくりの原材料となる資源に恵まれた地で、長い歴史のなかで守り育まれてきた。

日本に古くからある行燈や提灯で使用される竹ひごや木という、従来の素材の見直しを図り、ワイ・エス・エムが得意とする金属の種類をさまざまに検討。最終的に選んだのは、加工がしやすく経年変化も楽しめる真鍮だ。完成したのは、和洋の空間どちらにも調和し、縦にも横にも置ける、ゆるやかなRのついた美しい形。そのコンセプトについて福嶋は、こう語る。「縁側から光が障子に差し込んだときのような、柔らかくやさしく、懐かしい光をイメージしてデザインを考えました。日本では暮らしのなかであかりを楽しむ文化が、海外に比べると遅れていると言えるかもしれません。それだけに今後、照明器具のデザイン開発がさらに発展していく余地は大いにあると考えています」。

▲ワイ・エス・エムがプロ向けに使用していた面発光の技術を用いて開発された。真鍮の部分はつなぎ目がわからないほど、溶接技術の高さがうかがえる。

ワイ・エス・エムでは、グローバルな販売展開をめざし、海外のデザインアワードへの応募や見本市への出展を積極的に行っているが、今回、iFデザインアワードに応募した理由は、ほかにもあった。日本の小さな町工場の技術が世界でどのような評価を受けるのかを知りたいという想いと、応募や受賞によって社内のモチベーションを高め、インナーブランディングを行うこと。さらに、アワードを受賞すると、問い合わせが増えたり、メディアで取り上げられたりと、PR効果が期待できることも利点として考えたという。このように企業にとってデザインアワードへの応募や受賞はメリットが高いといえるが、デザイナーが単独で応募するには資金面で難しい場合もあるため、今回のように企業と組んで応募することが最適な手段といえるかもしれない。

2021年10月から、福嶋率いるソルトコはPARCOの依頼で、同ビル内にあるコミュニティ型ワーキングスペースSkiiMa Shinsaibashiの運営を始めた。関西圏の企業とクリエイターをつなげることも同スペースの目的の1つとしており「特にこれからを担う若い世代の参加を期待しています」と福嶋は言う。こうしたマッチングが広がることで、アワードに挑戦する企業やデザイナーが増えることも予想され、世界に認められるデザインが多数生まれれば、関西圏のデザインの底上げにもつながるだろう。

▲代表取締役/デザイナー 福嶋賢二

日本財団 × wah
ソファの新しい可能性を世界に問う

▲「日本財団パラアリーナ」の休憩所。中央奥が「Band Sofa」。

iFデザインアワード2021を受賞した「Band Sofa」は、2020年東京パラリンピック競技大会に向けてつくられた練習用体育館「日本財団パラアリーナ」の休憩所に設置されたソファ。日本財団の依頼を受けてデザインを手がけたのは、脇坂政高と八田興によるデザインユニットwahである。

プロジェクトで最も難しかった点について、脇坂は「パラアリーナのソファをつくるということで、コンセプトづくりからスタートしたことです」と話す。また、デザインするうえでめざしたことについて、八田はこう語る。「いろいろな目的やバックグラウンドをもった多様な人が集まってコミュニケーションをとる、“宿木のような存在”をコンセプト据え、人と人との『絆』を深めるという意味を込めて『Band Sofa』というネーミングにしました」。

▲立っている人と座っている人、車椅子の人が対話しやすい設計をめざした。

▲パラスポーツの選手・スタッフ・来訪者の意見を参考にしながらソファの形状や素材を検討した。

デザイン設計については、使いやすさや安全性、耐久性はもとより、アスリート間のコミュニケーションを促し、モチベーションを高めることを主眼におき、日本財団をはじめ、多くのアスリートにヒアリングを行い、原寸モデルでの検証も重ねた。

ソファに取り付けられたテーブルは、アスリートたちがめざす金・銀・銅のメダルの帯をモチーフにカラーリングを施し、使いやすい高さや幅を検討して設計した。ソファは、車椅子の人が近づけるように側面に傾斜をつけたり、移乗しやすいように座面を少し高く、クッションを硬めに設定したり、視覚障害者がわかるように背もたれと座面のグレー色を変えるなど、微細な調整を加えながら完成に導いていった。開発にあたり、八田は「この『Band Sofa』は障害者に向けたものというだけでなく、新たなソファの可能性を拓くものとして世の中に問うことができたらと考えています」と語る。

▲アスリートたちのモチベーションを高めるために、テーブルは金・銀・銅のメダルカラーに。

wahは、2018年に設立されたばかりで、「Band Sofa」は彼らにとって初めて手がけた実製品となった。彼らは普段はメーカーに勤めながら、自分たちのデザイン力をより高めていくために2人でプロダクトを中心に家具、家電、グラフィック、空間デザインなど、カテゴリーを横断したデザイン活動を行っている。また、日本で生まれ育ったデザイナーとして、日本の文化を世界に広く伝えていきたいという想いを抱き、グローバルに活動していくことをめざす。そこで国際的に権威のあるiFデザインアワードに応募することを彼らから日本財団に提案した。今回の受賞は、彼らにとって新たなフィールドを開拓する足がかりとなるほか、デザイナーとしての信頼面において大きなメリットがあると考えている。

そんな彼らが今、興味をもっているのは、日本の伝統工芸だ。脇坂は「伝統工芸で今までできていないこと、まだチャレンジできていないことなど、職人さんたちと協力して今後、何かできないかと思案しています」と言う。wahのデザイン活動はまだ始まったばかり。「これからも活動の枠を限定せず、柔軟な姿勢で多彩なプロジェクトに取り組んでいきたい」と意気込む。若くしてiFデザインアワード2021を手にした彼らの今後が期待される。

▲左:デザイナー 脇坂政高
 右:デザイナー 八田興

京陶窯業 × カロッツェリア・カワイ
グローバル展開を見据えた製品開発

▲和洋中と多彩な料理が楽しめる、KYOTOHブランドの「DONABE」。

iFデザインアワード2021を受賞した「DONABE」は、美濃焼の産地、岐阜県多治見市の京陶窯業がグローバル展開をめざして今年2月に立ち上げた自社ブランドKYOTOHの製品。同社は、70年以上の歴史をもち、OEMで培った高い技術力を活かして食器、調理器具、インテリア、植栽用品といった暮らしを彩るオリジナルプロダクトを展開している。

「DONABE」のデザインを手がけたのは、グローバル展開を視野に入れた革新的な新製品開発や、新ブランド立ち上げから事業化、リブランディングのプロジェクトなどを行うカロッツェリア・カワイ。大手自動車メーカーの開発技術者だったデザイナーの川合辰弥と、アートディレクターの今井美幸が2010年に設立した会社で、世界三大デザインアワードを制覇するなど、多数の受賞歴をもつ。

▲京陶窯業では「土から暮らしを考える」をテーマに、日々開発に取り組んでいる。

京陶窯業の自社ブランドKYOTOHの開発にあたり、川合は2つの点に着目した。ひとつは、美濃焼の産地には原材料の「土」を採掘する山があり、土から研究開発できること。もうひとつは、調理器具の中で土鍋にはデザインや機能面でさらなる開拓の余地があることだ。

川合は言う。「海外の調理器具市場では、鶏や魚を丸ごと一匹入れられるくらいの大きなサイズが求められます。鋳物や金属系のものではサイズを大きくすればするほど重くなり、型代もかかり投資も莫大になります。しかし、焼き物は大きなサイズでも軽くつくることができ、型代も安価というメリットがあります。そこで今回、KYOTOHブランドのために土を新たに開発し、米を炊いたり寄せ鍋をしたりする従来の概念を超えて、和洋中といろいろな調理に対応する万能土鍋『DONABE』を主力商品にしてシリーズ展開を考えました」。

▲「陰影」をテーマにデザインを考えた。下は、川合のスケッチ。

「DONABE」のデザインの最大の特徴は、持ちやすさと安全性を追求した、彫刻的な美しさが際立つ蓋と本体の取っ手部分である。KYOTOHのデザインコンセプトは、「アートのあるシンプルな暮らし」。暮らしを豊かにするアート性を取り入れることが大事だと川合は考えた。「オブジェのような佇まいをめざして、陰影をテーマに建築のように美しく叙情的に影が落ちるように設計しました。また、横から見たときの一体感、流れるようなラインのシルエットを最初にデザインしてからディテールを詰めていくという、クルマのデザイン手法を応用しました。それによってシンプルでありながら、特徴が際立つフォルムが生まれるのです」。

▲優れた遠赤外線効果と蓄熱性、密閉性により、ゆっくりじっくり美味しく調理できる。

川合はこれまでさまざまなプロジェクトに携わり、国内外で数々の賞を受賞してきた。ブランド構築事業において重要なカギになるのは、対外評価をたくさん集めることだという。「自分たちが全身全霊をかけてつくった自信作を『これはいいものです』とどんなに言っても、なかなか消費者には響きません。製品の価値や魅力を伝えるには、他者からの評価が必要で、今回は料理人やエンドユーザーなどからたくさんの声を集めました。デザインアワードも、世界的な視点で公正に評価してもらう大事なポイントになります。もう一点、大切なのは、『企画・計画・意匠・設計』を組み合わせて考えることで、どれかひとつでも欠けてはだめです。4つの要素が組み合わさって初めて、本当にいい製品、売れる製品、世界で評価される製品が生まれます。それをもとにいろいろないい仕事にもつながっていくと思います」。

▲代表取締役/デザイナー 川合辰弥

世界を舞台に幅広く活躍したいと考えている方、世界的な評価を受けてみたいという方は、デザインアワードに応募してみてはいかがだろう。iFデザインアワード2022の募集はすでに始まっている。詳細は、下記の「お知らせ」からご覧ください。

iFデザインアワード2022の募集のお知らせ

登録日程
早期登録締切
2021年6月30日

一般登録締切
2021年10月15日

最終登録締切
2021年11月19日

選考日程
iFオンライン・プレセレクション
2022年1月10日~14日

プレセレクション選考結果
2022年1月20日

募集詳細
詳細は応募ガイドをご覧ください