圧力を進化の力に――重工業で求められる脱炭素化ツールとは?

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BXクリエーティブセンター、岡田憲明氏の監修でお届けします。

スマートエネルギーマネジメントシステムやリアルタイム排出モニタリングなど、脱炭素化におけるデジタル化の進展によって、企業の環境目標実現に向けた新たな可能性が広がっています。

重工業は現在、操業によって排出される温室効果ガス(以下CO2)の削減を求める強い圧力に直面しています。業界に広がる切迫感を原動力に、企業の脱炭素化を加速するさまざまな技術の開発と商用化が進んでいます。

カーボンニュートラルの実現を目指す取り組みのなかで、デジタル化と脱炭素化の結びつきは今後、ますます強くなっていくでしょう。どのようなテクノロジーも普及のために「使いやすさ」は必要ですが、脱炭素化ツールにおいても使いやすいデザインはきわめて重要です。各テクノロジーが企業の迅速な意思決定や低炭素化戦略の実践に活用されるかどうかは、その使いやすさにかかっているのです。今回は、多様な企業においてインテリジェントな脱炭素化ツールの導入・普及につながるデザインとはどのようなものか、その特徴を探っていきます。

重工業企業の複雑で険しい道のり

企業は各方面から、脱炭素化に向けて断固たる行動を取ることを強く求められています。重工業も、政府、投資家、そして一般社会からの、CO2 排出削減を求める圧力に直面しています。しかし重工業分野の企業活動には、ゼロカーボン経済への移行を促進する側面と阻害する側面があり、こうした要請に応えることは難しい課題です。重工業企業にとってネットゼロ(CO2排出量正味ゼロ)化への道のりは複雑であり、各社の相当な努力と協調的な取り組みが必要となります。

重工業企業は、自社の生産能力を左右することになる自社施設の運用と設備投資に関する意思決定を慎重に行うことが求められています。また、検討している戦略が、業界の経済環境において重要な役割を担っているバリューチェーン上の企業にも影響を与える可能性があることを考慮する必要があります。以下に、重工業分野とその製造業者が果たすべきだとされている役割や責任を述べます。

重工業分野の役割
このセクターは、ゼロカーボン経済への移行に必要な重要資源を提供しており、持続可能な未来に向けての転換における中心的な役割を果たす存在です。

製造業者の責任
製造業者は、CO2排出量に関しては発電装置の製造という側面が注目されますが、「スコープ2」、すなわち電気の使用による間接的なCO2排出量の削減に関しても責任を負っています。つまり、製造業はCO2排出およびソリューション提供の両方において重要な役割を担っているということです。

※スコープ2:温室効果ガス排出量算定・報告の国際基準である「GHGプロトコル」では、サプライチェーン排出量をスコープ1、スコープ2、スコープ3に分類。スコープ2は、他社から供給された電気、熱などを自社で使用する際に伴う間接排出のことを指す。

資本集約型の産業
重工業は資本集約型の産業であるだけでなく、鉄、プラスチック、エネルギーなどの生産、ひいてはより広い意味での経済全般に欠くことのできない産業です。これは、重工業が持続可能性の実現に重大な影響力を持っていることを意味します。
カーボンニュートラルという目標を達成するには、重工業企業が業務のあり方を変えていく必要があります。つまり、サプライチェーン全体を含めた事業計画の立案、コミュニケーションや協働のあり方に関して新たなアプローチを取っていく必要があるということです。脱炭素化を求める圧力は今後も続いていくでしょう。企業は、変革への取り組みをこれ以上遅らせることはできません。

ネットゼロへ テクノロジーが果たす役割

業務における脱炭素化という切迫したニーズを背景に、市場では企業の脱炭素化への取り組みを加速させるようなテクノロジーの需要が高まっています。フォーチュンビジネスインサイトは、2023年に165億ドルだった世界のグリーンテクノロジーおよびサステナビリティ関連の市場規模が、2030年までに619億2000万ドルに成長すると予測しています。このところの気候変動関連テクノロジーの急速な成熟を見れば、デジタル化と脱炭素化が今後ますます相互促進的な関係を強めていくであろうことは明らかです。

デジタル化と脱炭素化の動きが結びつくことによって技術革新や投資のための環境が急速に成熟していく一方、脱炭素化目標達成に向けた取り組みにおけるデジタルツールの重要性に注目が集まっています。炭素捕獲技術といった下流分野の技術だけでなく、例えばCO2排出量管理ツールといった脱炭素戦略策定支援を目的としたさまざまなテクノロジーがひとつのセグメントとして成長しつつあります。

事業計画策定におけるテクノロジーの重要性への理解が広がったことで、専用ソフトウエアのプロバイダー、機器メーカー、大手テクノロジー企業、コンサルティングファームなどの多様な主体が参画する、CO2排出量管理分野の競争的な市場が形成されてきています。

テクノロジーの有用性を高めるデザインとは?

競合がひしめき合うこの市場で、自社技術の大々的な採用を狙う企業にとって、技術の使いやすさは競争優位性となります。どのような技術であれ、使いやすいデザインは重要な要素ですが、特に脱炭素化ツールにおいては、主たる利用者がその企業全体の変革を推進し、脱炭素戦略を実践していけるかどうかを左右するきわめて重要な要素となります。以上を踏まえ、脱炭素化ツールにおけるデザインには、以下のような特徴が重要であることがわかります。

行動につながるデザイン
データに基づく意思決定はきわめて重要です。したがって、意義ある行動を促進するようなデザインが求められます。データを現実世界でのインパクトにつなげ、ユーザーが十分に説明を受け納得したうえで選択できるようにサポートするデザインが必要です。

変化するデザイン
私たちが生きているのは、規制や技術、環境が常に変化している世界です。デザインもやはり生きものであり、そういった世界とともに変化していきます。デザインは製品のライフサイクルを通して常に適切なものでなくてはなりません。モジュール性、柔軟性、カスタマイズ性を備え、規制、技術、環境の変化に合わせていく必要があります。

協働できるデザイン
変化をもたらす主体は私たち自身です。したがって、全員がそのテクノロジーを使えることが重要であり、業種、職階、職務が異なる多様なユーザー、それぞれに合わせた使いやすさを確保する必要があります。一人ひとりのニーズを可視化し、より広い視点から気づきを得ることも必要です。

優先事項がわかるデザイン
「すべてが重要」というのは、「どれも重要でない」のと同じことです。今、基本的なデザイン原則であるヒエラルキー(優先順位をつけること)に注目が集まっています。気候変動に関するデータについては、その科学的価値を高め、それによって世界が今ある状況を正確に示し、実践可能な変革の指針としていくことが必要です。

重要な情報があふれかえる現在、優先順位を決めることによって真に重要なものが明確に見えてくるようになります。どのようなアプローチであれ、重要な科学的知見に光を当て、人々の生活および地球環境へのインパクトを増大させ、変える意義のある領域をピンポイントで見いだすことが求められます。デザインに関しては、戦略的ヒエラルキーを考えることが引き続き、必須の原則だといえます。

以上、効果的なデザイン戦略を策定する際の指針となるデザイン原則として、行動につながるデータ、導入のしやすさ、包摂性、そして優先事項の絞り込みといったポイントを見てきました。持続可能な変革を進めていく準備はできましたか? frogは企業の環境負荷低減に向けた取り組みをこれからも支援していきます。