グラフィックデザイナー 佐々木 俊さん
デザインにおける“グルーヴ”


東京都立大学大学院 システムデザイン研究科 インダストリアルアート学域の授業「インテリアデザイン特論」において、学生の皆さんが3チームに分かれ、第一線で活躍するデザイナーや建築家、クリエイターの方々にインタビューを実施。インタビュー中の写真撮影、原稿のとりまとめまで自分たちの手で行いました。シリーズで各インタビュー記事をお届けします。

グラフィックデザイナー 佐々木 俊さん
デザインにおける“グルーヴ”

グラフィックデザイナーとして大胆で明快かつ、独特なリズム感のある表現で注目を集めている佐々木 俊さん。ラッパーとしての顔も持つ佐々木さんに、私生活や自主制作がどのようにデザインに影響しているのかなどを伺いました。

人間としての経験の蓄積

――ふだんは仕事と私生活の境界線を意識されていますか?

仕事と私生活の境界は設けていません。日常の中で出会うものがインスピレーションとなることもあります。例えば、息子と一緒に「アンパンマン」を見ているとき、キャラクターのデフォルメの仕方とか、パンチしたときのエフェクトとか、デザイン的な工夫が面白いと感じたりしました。意識的にデザインのアイデアを探しているわけではないけれど、自分の生活の中での経験の蓄積がアイデアに結びついています。子どもの頃や学生時代にふと考えていたことが素材になることもある。だから、ちょっとしたことでも、感覚や経験をストックしていくことが大切だと思います。

――仕事でアイデアが思いつかないときに心がけていることはありますか?

思いつかないとか、思ったように手が動かないときというのは、たいてい情報が足りていないんです。だから、まずは深く調べる。調べると、そのことについて理解が進んで、正解が見えてきます。そのうえで意識しているのは、良いものも良くないものもたくさん見ること。良くないものを知っていると、今まで見たものがなぜ良かったのかがわかってきます。

学生の頃、毎日本屋に行っていました。本屋には魅力的に感じるデザインだけではなくて、良いと思えないものも置いてある。何でこれはつまらなく見えるんだろうとか、こっちは上品に感じるなとか。何が違うかを深掘りして考えてみることがデザイナーとしての血肉になっていったりします。だから、本屋に行くのはいいなと思いますね。

2023年大晦日放送の「NHK紅白歌合戦」の新しいロゴをデザイン。紅と白がゆるやかに混じりあうシンボルになった。

――仕事と私生活の境界は設けていないなかで、自主制作はどのような意識で取り組まれていますか?

自主制作って別にやらなくてもいいことなんですが、自分に何ができて何ができないかを知る確認作業のような意味合いが強くあります。頭の中ではこういうことをやりたいと思っても、実際に手を動かさないとうまくいかないことがよくある。手を動かすことで、うまくいかないことや苦手なこと、得意なことや魅力的に見せられるところを知って、自分自身が何者かが少しづつわかってきます。

だから、もうひとりのスパルタな自分にやらされているような感覚です。最終的には自分のためにやっているわけです。ゲームをしたりNETFLIXを見るのも楽しいけれど、自分で何かつくって形にできると、それらよりずっと達成感があります。絵本の「ぶるばびぶーん」は、自主制作でつくったクルマをモチーフにした作品を出版社の人が気に入ってくれて、絵本として出版していただくことができました。

「ぶるばびぶーん くるまのえほん」(福音館書店)

基礎を踏まえ、どうやりすぎるか、どうずらすか

――デザインをするうえで大切にされているものはありますか?

僕が意識しているのは、基礎を踏まえたうえで、そこからどう逸脱するか、どうずらすかということです。高校三年生から通っていた美術予備校では、デッサンや色彩の基礎を学びました。今現在、デザインしているものもその基礎を応用しているに過ぎないんです。粗密とか、色の補色対比、リズム、画面上のバランスに気をつけてつくる。いまでもずっと試験勉強の延長をやっている感じです。

仕事では、提案したものに対し、クライアントからの要望がありますが、言われたことを逆に利用することで、面白くできないかを考えるようにしています。例えば、「もっと目立つようにしたい」という意見があったとしたら、中途半端に目立たせるのではなくて、やりすぎるくらい文字を大きくして、言われたことをさらに超えていく。そうすることで自分も楽しめるし、納得できるものになることが多い。世の中にすでにある「普通」を、僕がわざわざやらなくてもいいかなと思っています。

デザインとは別で密かにラップをやっているので、音楽でいうグルーヴの概念を意識してみたりもします。リズムっていうのは微妙なずれによって、いわゆるグルーヴが生まれたりするのですが、そういう音楽的な感覚をグラフィックでつくったりします。ぴったりと合っているよりも、ちょっとはみ出していたりすると、音が立体的になるのと同じことが、グラフィックデザインにおいても言えるのではないかと考えたりします。

――これからどのように表現活動を続けていこうと考えていますか。何か目標はありますか?

大それた使命感はないんです。デザインは崇高なものではなく、ごく普通の仕事だという意識でいます。未来のことはわからないけれど、グラフィックデザインという表現活動を継続して、現状より少しでも仕事仲間や周りの好きな人たちが得をすればいいという感じでやっています。提案や依頼をいただいた際に、「面白そうだな」と感じれば話に乗っかっていくスタイルで、流れ着いた先が今なので。これからも川の流れを漂って行き着くほうへ向かっていきます。(取材・文・写真/東京都立大学 インダストリアルアート学域 王浩宇、小川都築郎、神字里奈、城楽未緒、藤田直晃、山上茉姫)End

佐々木 俊/1985年宮城県仙台市生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。アドブレーン、GritzDesignを経て、2016年デザイン事務所 AYOND(アヨンド)を設立。 2020年JAGDA新人賞受賞。これまでに、詩人・最果タヒの「夜空はいつでも最高密度の青色だ」などの著書や詩の展示構成、「デザインの(居)場所」(東京国立近代美術館)宣伝美術、「NHK紅白歌合戦」番組ロゴなどを担当。著書に「ぶるばびぶーん くるまのえほん」(福音館書店)。