日刊「コロナとクリエイティブ」連載を終えて。
100の事例から見えてくるwithコロナ時代
のデザインの可能性

▲SPREADの山田春奈さんと小林弘和さん

5月16日にスタートし、8月27日の第100回をもって終了した日刊「コロナとクリエイティブ」。コロナ禍において行動を起こしたクリエイティブな活動をリサーチし、未来を考えるヒントを探るという内容であったが、連載を終えて見えてきたのは何か。リサーチと執筆を担当したSPREADに九州大学大学院 准教授の池田美奈子が尋ねた。

何がクリエイティブなのか

ーー毎日更新の連載、無事に完走しましたね。「コロナとクリエイティブ」というまさに現在進行形の活動を世界中から集めて紹介する企画でした。何よりものすごい情報量と、取り上げられた事例の幅広さに圧倒されました。新型コロナによって変化した世界にあってクリエイティブがどこへ向かっていったら良いのか、クリエイターが何をすべきなのかを考えるヒントがたくさんありました。「日刊」というのは大変なチャレンジだったのではないでしょうか。

そうですね、100本ノックみたいでした。新型コロナ感染が始まった頃から、コロナ関係の情報収集がもう日課になっていて、連載を始める前から100以上の活動事例の蓄積はありました。掲載しなかった事例もたくさんあるのです。例えば資金集めや物資支援を目的とするものや、もともとあった活動をオンラインで配信するといったものは外しました。なかにはこれはクリエイティブと言っていいのか迷う活動もありましたね。

ーー例えば?

チリ警察の「コロナ探知犬」(no.79)がそうでした。クリエイターが関わっていたわけではなかったので迷いましたが、新型コロナウイルスの感染者検査が大きな問題になっているなかで、犬の嗅覚に着目して、無症状者を含む感染者の汗の匂いを嗅ぎ分けさせるというのは、短期間ではなかなかできない発想です。すでに麻薬取締り犬が活躍していますが、犬の嗅覚とコロナを結びつけたのは、間違いなく人間のクリエイティビティだと思いました。「人ってたくましいな」と感じました。

▲チリ警察で訓練をうけるコロナ探知犬

ーー情報収集をしながら感じたことはありますか?

デザイナーが入ればもっと良くなるのにという事例が多かったですね。社会に貢献できる活動にはクリエイターが入り込む余地はまだまだあるし、もっと結果にコミットできると思います。

ーー何か新しいことをしたい人とクリエイターをコーディネートできる仕組みが必要ですね。ジンやウィスキーを生産するベンチャーが、新型コロナでビールを店舗に卸せなくなった企業と月桂冠と組んでビールを蒸留してジンをつくるという事例(no.84) がありました。これは大企業とベンチャーのコラボレーションでしたが、困っている大企業があって、新しいことを始めたいベンチャーがあって、さらにクリエイティブが入ったら、すごいプロジェクトが生まれそうです。必要なときに、ちょうどいい人がいたみたいな「渡りに舟」的な関係が理想的なのではないかと思います。

ビールが売れなくなったからジンをつくるというのはすごい発想です。ビールだと賞味期限があって売れないとダメになってしまうのに、ビールを蒸留してジンに変えると賞味期限がなくなってしまうわけですから。

ーー記事では、ビール20,000リットルから、ジンはたったの1,750リットルしかできないとありましたが、量的にはすごく少なくなってしまう代わりに永遠の時間を手に入れたということが印象的でした。こういう大転換がクリエイティブなのだと思いました。
全体を見ると海外の事例が多く取り上げられているようですが、日本はどんな状況なんでしょうか。

海外の事例には、日本に比べて提案性がありますね。「こんなこと考えてみました」と、現状をどう変えたらいいかを自発的に提案、発信するクリエイターがたくさんいました。実現性はともかく斬新なアイデアもありました。それに比べて日本では自発的な提案が少ないようです。日本で多かったのはマスクの提案でしょうか。あとはクラウドファンディング。日本はモノの提案はあっても、コトの提案が少なかったと思います。

印象に残ったのは心に訴える活動

ーーコトの提案というとどういうプロジェクトが印象的でしたか?

イギリスの環境保護団体Extinction Rebellionが政府に対して気候変動への対応を求めるデモ活動の代わりに2000足の靴をロンドンのトラファルガー広場に並べた活動(no.98)やアイスランドの大自然に向かって叫ぶことでストレスを解消するキャンペーン「LOOKS LIKE YOU NEED TO LET IT OUT」(no.78)などは、印象的なコトの提案でした。それから、ニューヨーク・タイムズのアマゾン川流域のコロナ感染状況を伝える特設ページ(no.80)の読者を没入させる表現方法も印象的でした。単なる情報伝達を超えて、生きるって、死ぬってどういうことなのかを俯瞰して見せてくれました。地球上の出来事を知ることで、旅をしているような感じもしました。モニター上の情報ですが、心が動かされます。

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Covid Today > Climate Tomorrow > Act Now 1. The shoes we’re laying out today have been donated by parents and schools scared for their children’s future ✊ 2. The Government’s coronavirus recovery plan needs to consider children and young people‼️ 3. This pandemic has shown us how dangerous it is not to listen to expert warnings and prepare for incoming disasters🚫 4. In the current coronavirus recovery plan, the government is bailing out carbon intensive industries, writing off chances of keeping within Paris Climate Agreement promises, putting our children in danger🆘 5. We must act now on the corona crisis and the climate crisis at the same time. 
We must act now on a recovery plan to protect our children and young people. 💪‪#NoGoingBack‬ 📸 @anthonyjarman

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▲環境保護団体Extinction Rebellionによる活動

▲「LOOKS LIKE YOU NEED TO LET IT OUT」

▲ニューヨーク・タイムズによるアマゾン川流域におけるコロナの感染状況

ーーデザインは情報を伝えることは得意ですが、その先には何があるのでしょうか。プロダクトデザインはもう少し直接的に問題にアプローチできるのかもしれませんが、グラフィックやアートは問題提起をしたり、問題の所在を見せたりするところで止まってしまうのでしょうか。

心が動かされることによって、次のアクションにつながると思います。先ほどの2000足の靴を並べた提案は、美しいインスタレーションのように見せることで抗議行動への共感をもたらします。社会性とクリエイティブが両立しています。記事には「自分だったらどうするか」という視点を意識的に入れました。そうすることで、クリエイターがはまれるきっかけになればと考えました。

ーー各記事のレーダーチャートが気になりました。SPREADのクリエイティブに対する独特な価値観の表現に見えますが。

まず「Suggestion」は、問い・メッセージと解釈して、問いから議論が生まれているかどうかを判断しました。「Education」は、問いとも関係しますが、大人に対する啓発も含めて、提案に学びがあるかどうかを評価しています。「Idea」はアイデアの新規性、「Creativity」はクオリティの高さを見ています。「Sustainability」は波及効果ということで、ここから何かが始まっているか、そして結果を出しているかを重視しました。私たちがいつも考えているのが「Pure & Bold」です。感覚的なんですが、心が動かされることとも言えます。レーダーチャートは主観ですが、毎回、これはもう少しこっちじゃないかとふたりで議論しながら決めました。

▲英の環境保護団体Extinction Rebellionによる活動のレーダーチャート

ーーレーダーチャートは、各記事のトップのビジュアルにもシルエットで使われています。色がとても印象的です。このビジュアルにはどんな意味があるのですか。2、3文字で表現したキーワードも気になりますね。

ビジュアルのシルエットの色は、取り上げた事例を見て浮かんだキーワードの直感的な印象、背景はその後さらに深く考えた結果の色です。例えば、台湾の有志のデザイナーがクラウド・ファンディングでニューヨーク・タイムズに掲載した意見広告「Who can help?」(no.2)のレーダーチャートには、最初の台湾の孤立状態をイメージした黒を使いました。記事を書いて考えた後の感覚は背景に使った紫で、もっと広がりのあるイメージになりました。基本はガチガチのルールはつくらないでゆるい感じで決めています。キーワードについては、この記事で何について考えたか、気付かされたかを言葉にしました。

こうして全回分のビジュアルを並べて一気に俯瞰すると傾向や方向性が見えてきます。100回分の連載は壮観ですね。

実は、100回というのは連載が始まってから決まったことなんです。それくらいの数がないと全体の動向が見えてこないのではないかと思いました。

SPREADが選ぶ部門別ベスト3

ーーレーダーチャートのシルエットも全体を見渡すと細長いのや面積が大きいのが一覧できて興味深いですね。100個の活動全体を見てベスト3を挙げるとするとどうなりますか?

部門に分けてもいいですか。まず「たくましさ部門」。先ほど話題に出ましたが、ビールを蒸留してジンに変えるプロジェクト、2つ目はコロナ探知犬、3つ目は台湾の有志のデザイナーの意見広告「Who can help?」です。

次に「美しさ部門」。私たちが考える「美しさ」というのは、姿かたちのことではなくて、営みとしての美しさです。例えば、私が妊婦だったときに海外の人から「beautiful!」って言われたのですが、日本語でいう「美しい」とは少しニュアンスが違うようでした。なので「心を動かされた」みたいな意味で使っています。そういう意味でのベスト3として、まず、ニューヨーク・タイムズのコロナウイルスによる死者10万人を記録したインフォグラフィック「An Incalculable Loss」(no.43)を挙げたいと思います。人が亡くなるということがどれほど大変なことなんだということを感じます。人間の尊厳や死という宇宙の摂理、宇宙の営みと人の営みとの対比が心を動かします。次は、医療従事者への敬意を表するために、数百のドローンを使って空に光でハートを描いたパフォーマンス「フランチャイズ・フリーダム」(no.1)で、オランダのスタジオ・ドリフトのプロジェクトです。イメージが膨らむ広がりのあるデザインだと思います。そして3つ目は、前述の2000足の靴を並べたプロジェクト。ネクストステップを予期させるようなアートの試みです。

▲ニューヨーク・タイムズの「An Incalculable Loss」

▲ドリフトによる「フランチャイズ・フリーダム」

そして「純粋さ」部門ですが、まずはケニアの小学生が考えた石鹸で手を洗うための足踏み手洗い装置(no.25)、次は、社会的距離を保ちながらサルサを踊るためにペルー人ダンサーが考案した紐を使ったダンス(no.72)です。そして最後がイタリアのワイン窓(no.93)。17世紀に貴族の収入源だったワイン販売を、生産者が中間業者を通さずに直接販売しようとつくられた小さな窓です。14世紀の黒死病や17世紀のペスト流行の際にも安全にワインを提供できる仕組みとして機能していたそうです。新型コロナ禍のなか、フィレンツェのレストランが、このワイン窓を復活させて、ソーシャルディスタンスを保ちながら飲み物やアイスクリームなどを提供しました。

ーー「純粋さ」部門で挙げられた事例はどれも純粋にこういうのがあったらいいということで、ストレートにつくった感じがしますね。
各部門共通して「Pure & Bold」の点数が高いことからSPREADの価値観として「Pure & Bold」を重視していることがわかりました。事例を見るとその意味が理解できた気がします。

今後予定しているリサーチのテーマ

ーー次にリサーチしたいテーマはありますか?

「気候変動」です。連載をしながらずっと考えていました。新型コロナもそうですが、多くの人はコロナ禍が過ぎれば、また元に戻って落ち着くんじゃないかと思っているように見えます。実際は大きな変化が起きていて、もう元には戻らないと思います。環境もそうです。地球温暖化は、はっきりしていて、今年だけが猛暑なのではなくて、もうずっと何年も暑かったし、これからもずっと暑いんです。もう元には戻らないという前提で考えると、先に進まなければならない。そういうことで「気候変動」についてリサーチをする必要性を感じています。

LANDROOM – Techelet by Ben Gitai from Ben Gitai on Vimeo.

▲砂漠につくられた「landroom」。大自然と真摯に向き合うための建造物。(090

ーー今回の「コロナとクリエイティブ」の連載もリサーチの成果だと思いますが、SPREADにとってリサーチはどういう意味を持っているのでしょう。

プロジェクトごとに行うユーザーインタービューや、素材やつくり方に関するリサーチもありますが、SPREADにとってリサーチはある種、社会と対峙するための行為です。対峙した結果、行うべきことが見えてくる、行うことを探している、と言えるかもしれませんね。リサーチは直接的でなくても仕事につながってきます。世の中の背景の本質についてより深く掘り下げていくことが、今のデザインには必要だと思います。

ーー今回の連載を振り返って思ったことを最後にひとことお願いします。

たくましさと美しさをもって前に進みたいと思いました。元には戻らないのだから、止まってはいけないということ、そして厳しく深刻な状況にあってもいつも元気でユーモアを忘れないようにしたいと思います。End